【目覚めればメイドロボ 15】

案内されたのは、広いけれど部屋一面に工具や部品が散乱している部屋だった。
部屋の奥のデスクでは、作業服を着た男性が何に使うのか見当もつかない装置を操作していた。
「ピッ。山本部長。お客様をご案内しました」
あたしたちは、部屋の隅に申し訳程度に置かれた応接セットに案内された。
受付ロボットは、そのまま向きを変えて戻って行った。

「おひさしぶりです先輩。まあ座ってください」
山本さんがこちらに歩いてきた。
「ほんと、久しぶりね」
悠太のお母さんは応接セットのソファーに腰を下ろした。あたしは斜め後ろの位置で待機姿勢になった。
「先輩からの連絡があった時は何事かと思いましたよ。わざわざこんなとこまで来なくても、メイドロボの検査だったら着払いの専用コンテナで送ってくれたらよかったのに」
「それがちょっと面倒な話なのよ」
「わかってますよ。先輩の持ってくる話で面倒じゃなかったことなんてありませんでしたから。まあ、うちの最新型の最上位機種に問題があったら大変ですから、直接来てくれて助かりましたよ。しかし、よく買えましたね。何年ローンですか」
「失礼ね。この子はモニターキャンペーンに応募して当たったのよ」
「そうでしたか。あれ、でもモニター機種はたしか……」
山本さんは、キャビネットから取り出した書類を見ながら首をかしげた。
「それが問題の一つね。モニターはCM-30のはずだったわ。でも、この子が送られてきたのよ」
「何かのミスでしょうかねえ。CMX-100は、基本的に受注生産ですから、本来のオーナーに届いてないというトラブルになってるかもしれません。出荷記録を調べてみましょう。シリアル番号は何番ですか」
「なるみちゃん、彼にシリアル番号を教えてあげて」
「はい、ご主人様。山本様、私のシリアル番号は、9X385JSP02です」
あたしは、山本さんに答えた。
「9X385……何でしたっけ」
「9X385JSP02です」
「JSP02と。おかしいな。CMX-100は普通JSCのはずなんだけど」
山本さんは端末を操作しながらつぶやいた。
「よし、出た。モニター用として製造されて当選者の希望で身体と頭部をカスタマイズして、先週の金曜日に出荷されてるのか。ということは、本来のオーナーが先輩で間違いないはずです。せっかくだから、一通り検査していきますか。僕の権限で最優先で流しますよ」
「検査って何をするのかしら」
「身体の機能が正常に動作していることを自動検査機で検査して、メイドプログラムと人格シミュレーションが正常に動作していることを検査員が検査します。今日は時間がありますから僕が説明しながら回りますよ」
あたしたちは山本さんの案内で、事務所から渡り廊下を通って工場のような区画にたどり着いた。

「検査室はクリーンルームなので、これを着てください」
山本さんが悠太のお母さんに、白いツナギのような服と頭をすっぽり覆う帽子とマスクを手渡した。
「検査するロボットはここにセットします。通常は専用コンテナのまま搬入口から検査ラインに流れますが、急ぎの場合はここから割り込むこともできます」
山本さんの指差した先の壁には人型が描いてあり、床には充電台と同じ足を置く位置のマークが描いてあった。

あたしは壁に背を向けて、足をマークに合わせた。
カチャリと音がして、あたしの足は床に固定された。首の後ろでもカチッという音がした。
「通信相手と接続しました。CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMI を通知しました」
ブーンという機械音がした。あたしを載せている床がせりあがって台座のようになり、くるりと回ってあたしは壁のほうを向いた。目の前の壁が左右に開いてトンネルのような優路が現れた。床がゆっくり動き出し、あたしの身体は運ばれていく。
後ろで壁がしまる音が聞こえて、台座は停止した。あたしの周囲から強い風が吹き付けられた。風は途中で何度か方向を変えて、あたしの身体に着いたゴミやほこりを吹き飛ばしているみたいだった。
しばらくして風が停まって台座が動き始め、あたしは通路を運ばれていった。

通路を抜けて明るい場所に出ると、そこでは様々な人型ロボットが順番に運ばれて検査を受けていた。
あたしの前を右から左に一定間隔で、あたしと同じ台座に立ったロボットがゆっくりと運ばれている。あたしを運んでいる台座が近づいていくと、前方右側に見える台が停止し、一つ分のスペースが空いた。あたしを運んでいる台座はそこに滑り込むと左に90度回転して、進みだした。
ああ、割り込んじゃってごめんなさい。
あたしは前のメイドロボの背中を見ながら運ばれていった。

「先輩、見えますか」
「ええよく見えるわ。あれがなるみちゃんね」
左のほうから悠太のお母さんと山本さんが話す声が聞こえるけど、身体や首を動かして声のする方向を向くことはできなかった。

「動作モードを、Maintenanceモードに変更しました」
前のメイドロボが言った。
「動作モードを、Maintenanceモードに変更しました」
しばらくして、あたしも同じことを言った。
身体の感覚が消え去って、頭の中には無数の数字や記号があらわれた。なんか気持ちが悪くなりそう。

天井から伸びた何本ものマニュピレーターが前のメイドロボの周囲をうごきまわって、メイド服を脱がせた。
あたしを運ぶ台座の動きがガクンと停まり、あたしの頭の中に流れる数字や記号のパターンが変わった。メイド服のロックが勝手に外れて、あたしのメイド服もマニピュレーターにはぎとられた。そして台座は再び動き出した。
「ここでは専用着衣についても別に検査を行うんですよ」
山本さんの声がまた聞こえた。
「この先で、各パーツごとに検査をします」

あたし前のメイドロボの両腕が左右からマニピュレーターで挟まれて取り外され、肩の部分を左右からクレーンゲームを大きくしたような金具で挟まれた。腕のあったところに何本ものケーブルが差し込まれた。
あたしの番が来ると、また頭の中に流れる数字や記号のパターンが変った。何となく情報の量が減ったような気がする。あたし前のロボと同じように両腕を外されて金具で挟まれてるんだろうけど、首も目も動かせないので自分で見ることはできなかった。

しばらくすると、両腕と同じように、前のメイドロボは腰の金属リングの部分で上下に切り離された。下半身は右のほうへ運ばれていき、吊り下げられた上半身の下からケーブルが差し込まれた。
あたし頭の中の信号にも変化があって、また情報の量が減った感じがした。下のほうでカチャカチャと音がする。あたしの下半身も切り離されたらしい。
前のロボの身体に、吸盤の付いたマジックハンドが吸い付いて、肌の部品を一つ一つ取り去っていき、首から下は、金属とプラスティックでできた骨格と内部の機械が現れた。あたしも、もうすぐあんな風になるのね。と思ったけれど、不思議と怖いとは感じなかった。
プシュッという軽い空気音をさせて吸盤が吸い付き、マジックハンドがあたしの胴体から肌を取り去った。
肌を取り去られたあたしの内部の機械に対して前と左右からさまざまな工具が検査していく。工具が接続されたり離れたりするたびに頭の中の数字が目まぐるしく変化していく。後ろは見えないけど、カチャカチャと音がするし、前のロボットと同じなら後ろからも検査をされているに違いない。
一通り検査が終わると、あたしは吊り下げられたまま動き出した。前のロボは首の部分で頭部を切り離されていた。首のリングに四方から支柱が接続されて胴体から持ち上げられ、左側に運ばれていく。胴体はそのまままっすぐ進んでいった。

「これから、メインカメラと音響センサーの検査をします」
山本さんの声が聞こえた直後、突然あたしの視界にノイズが入り大きく乱れて、何も見えなくなった。同時に周囲の音も消え去って、頭の中に流れ込んでいた情報もなくなり、あたしは暗く静かな世界に放り出された。
やがて再び視界が明るくなって、周囲の音も戻ってきた。かなり長い時間を過ごしたと思ったけれど、体内時計では123.75秒しか経過していなかった。
あたしの目の前には髪の毛を取り外されて中の機械を露出させたロボットの後頭部があった。
「なるほどねえ。メイドロボの中身ってこうなってるのね」
「自動検査は全て問題なく終わりました。ひとつ前のものがCM-30です。CMX-100との違いが分かりますか」
悠太のお母さんと山本さんの話が聞こえる。ちらっと視界の片隅に見えた二人は、検査室の前で見た白いツナギを着て帽子をかぶっていた。
「なるみちゃんのほうが細かい部品が沢山ついてるわね」
「大きな違いはこの部品、人格シミュレーションモジュールですね。ここに収められた仮想人格が人間に近い動きを実現するんですよ」
「なるほどねえ」
「この後は、再び組み立てたあと簡単な動作チェックになります。検査室の外で待ちましょう」

あたしの前のロボットの頭部に髪飾りと頭髪が一緒になったカバーがかぶせられた。あたしの周囲でもカチャカチャと何かを組み立てるような音がし、視界の片隅に前髪がかかった。あたしも同じようにされてるんだろうと思う。
やがて、あたしたちはさっきバラバラにされてた身体が組み立て終わってメイド服を着て待機姿勢になっている場所に合流した。こうやって並んでいるのを見ると、あたしの身体のほうが出来がいいことは一目でわかる。

前のメイドロボに頭部が接続された。
「Maidモードになりました。ミニマムチェックを行います」
彼女はそう言うと、歩きだし、途中で停まり、体操のように手足を曲げたり伸ばしたりした後、くるりと向きを変えてもう一度歩いて台座の上に戻った。
あたしの視界が一瞬だけ暗くなり、身体からの情報が大量に流れ込んできた。うぅ、やっぱり気持ち悪い。
「Maidモードになりました」
頭の中の情報が整理され、アイコンや状況表示に変化して、気持ち悪さがなくなった。
「ミニマムチェックを行います」
あたしの身体も自動的に歩き出し、途中で停まって手足を動かした後、台座に戻った。カチリという音がして台座に足が固定され、台座が動き出した。
あたしも前のメイドロボに続いて運ばれていたけれど、途中で別れてトンネルに入った。そして薄暗いトンネルを抜けると、検査室の前の部屋に戻ってきた。

部屋には元の服に着替え終わった悠太のお母さんと山本さんが待っていた。
「どうでしたか先輩」
「なかなか面白かったわ。いいものを見せてくれてありがとう」
「検査結果ですが、ハードウェアには全く問題ありません。各種動作チェックの数値も全て正常です。次はソフトウェアですが、メイドプログラムと人格シミュレーションが正常に動作していることを検査員が検査します」
「その検査員は信用できるの?」
「いちおう、うちの社員ですよ。僕の直接の部下じゃありませんが」
「山本君も、その検査はできるのかしら」
「当然できますよ。通常の検査員では判断できないものが、僕のところに回されてくるんですから……って先輩? 何を考えてるんですか」
「じゃあ、せっかくだから山本君が検査してちょうだいよ。普通の検査員じゃ対応できないはずだから」
「いやいや、どう見ても正常なメイドロボじゃないですか。これでも僕は何千台ものロボットを見てきてるんですから、さっきの先輩との会話を聞いただけでも、メイドプログラムに問題ないことぐらいわかりますよ。それにこの反応速度、人格モデルもかなり優秀なものに当たってるはずですよ」
「だってよ、なるみちゃん」
「お褒めいただきありがとうございます」
あたしは山本さんにお礼を言った。

「ちょっと待ってください。いま、僕にお礼を言いましたよね」
「はい、山本様。お二人の会話の流れから、ご主人様ではなく山本様にお礼を言うのが最適だと判断しました」
あたしの言葉を聞くと、山本さんはなぜか額に手を当てて黙ってしまった。
何かまずいことを言っちゃったかしら。

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