【目覚めればメイドロボ 16】

「先輩」
1分17秒が経過したところで、山本さんは悠太のお母さんに向かって話し始めた。
「そろそろお昼だから、一旦休んで食事に出かけましょうか。せっかく久しぶりに会ったことだし」
突然どうしたのかしら。確かに11時47分35秒だから、もうお昼と言ってもおかしくはないけど。
「え……ああ、そうね。山本君の話もいろいろ聞きたいし」
悠太のお母さんは一瞬怪訝な顔をしたけど、すぐに山本さんと食事に行くことになってしまった。あたしの検査はどうなるんだろう。
「このあたりは工業団地なんであまりいい店がないんですけど、車でちょっと行ったところに美味しいレストランがあるから案内しますよ」
山本さんはショルダーバッグにパソコンや工具を詰め込むと、あたしたちを案内した。
「なるみちゃん、行くわよ」
「はい、ご主人様」
あたしは、二人の後ろについて建物から出て駐車場に向かった。
「これに乗ってください」
山本さんはあたしたちを大きなワゴン車に案内した。ワゴン車の後部にはベッドや色々な機械が詰まっていて、まるで救急車のようだった。
悠太のお母さんが助手席に乗って、あたしは後部のベッドに寝かされた。
「こんな車しかなくてすいません」
「いいのよ」
山本さんはそういって車を発進させた。

「先輩、やっぱり面倒な仕事を持ち込んできましたね」
運転をしながら山本さんが言った。
「あのまま通常の検査に流していたら、なんでこんなAIが出荷検査で引っかからずに流通してるのか、品質管理部として正式に調査をしないとダメだったところですよ」
「どういうことなの」
「メイドロボに使用するAIというのは仮想人格を形成する課程でどうしても性能にばらつきができます。そのなかから出荷可能な品質のものをメイドロボに組み込むんですよ。品質が悪いものは廃棄し、通常品質のものは高級機に、高品質のものはオーダーメイドの最高級機に搭載します」
「CMX-100には高品質のものが載ってるわけね」
「そうですが、ごくまれに超高品質のものが出来上がります。これは製品には搭載せずに、研究用にストックされるんです。この機体のAIはそのぐらいの。いや、もしかしたらうちにあるどのAIよりも高品質かもしれません」
「もし検査してそうだったらどうなるの?」
「そうですね。まずこの機体は回収して解析センターで分解調査にかけます。そして同じような事態が発生しないように根本対策をするために製造工程を洗い直し、仮想人格はさっき言ったように研究に回されることになります。先輩には同じ機体に新品のAIを搭載したものを届けますよ」
ちょっと待ってよ。あたしは抗議しようとしたけれど、声を出すことはできなかった。
「それは困るわ。あたしはこの子を気に入ってるのよ」
「わかってます。だからこうして外に出てきたんです。この車の設備なら記録に残さずに一通りの検査はできますし。このへんでいいでしょう」
山本さんは車を停めた。

山本さんは運転席から降りて後部座席のスライドドアを開け、あたしに車から降るように言った。
「彼の指示に従ってちょうだい」
「はい、ご主人様」
あたしは車から降りた。周囲にレストランなどは見当たらず、造成中の荒れ地が広がっていた。

山本さんは、車の中にある機械からケーブルを引き出して、あたしの首の後ろに接続した。
「通信相手と接続しました。CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMI を通知しました」
「じゃあ、検査を始めましょうか」
山本さんがキーボードを操作した。
「Narumiモードになったわ。えっと。山本さん、よろしくお願いします」
あたしは山本さんに挨拶をした。
「あ、ああ。よろしく」
山本さんは戸惑いながらも真剣に計器を見つめている。
「あの、さっき慌ててたのって、あたしのせいですよね。メイドロボらしくできなくてごめんなさい」
「先輩、なんですかこのAIは」
山本さんはキーボードをカチャカチャと叩いた。
あたしはなんだか状態を報告しなきゃいけない気分になった。
「あたしはNarumiモードで稼働してるわ」
これも検査の一つかしら。
「それを調べてほしいのよ。なるみちゃんは自分が人間だと思ってるのよね」
「えっと、人間だった、です。あたしは先週の水曜日に家で寝て、次に起きたら土曜日でメイドロボになってたんです」
「家って?」
「あたしの家です。おばちゃん、阪上さんの隣です」
「うーむ」
山本さんは考え込んだ。

しばらくして、山本さんは口を開いた。
「まず、CMX-100型に使用されている人格シミュレーションについて説明したほうがいいですね。これは人間的な判断を取り入れることによって、メイドロボに高度な動きをさせるためのものなんです」
「それはわかります。あたしの説明書にも書いてましたから」
「その人格なんですが、大手の家政婦事務所の優秀なメイドの人たちに協力してもらって、その思考パターンを電気的に複製して、さまざまな状況に対応できるよう学習を繰り返して作り上げるものなんです。その繰り返し、複数の思考パターンを使ったディープラーニングの性質上、元になった人物と同じAIができることはないんですよ。あなたの人格も、記録上は第三AI学習センターで二か月間にわたる教育を受けたことになっています」
「そんな覚えはないんですけど」
「可能性としては、君の元になった人が思考パターンと記憶をセットで提供したということですが」
「あたしはそんな提供をした覚えも全然ないんだけど。本当に、気が付いたらメイドロボだったのよ」
「覚えがあったら、それはそれで問題ですよ。思考パターンや記憶のスキャンは臓器移植と同じレベルの倫理委員会による承認が必要ですから、本人と親族の同意に複数の医師の判断がない限り行えません。うちにも脳障害を負った人のサイボーグ手術などのためにその設備はありますが、厳重に管理されているはずですよ」
「あの、それだったらあたしの記憶をビデオみたいに再生したら、なんでこうなったかわかるんじゃあ」
「それは無理ですね。Maidモードの時の記憶は統一フォーマットだから、忘れることもないし簡単に外部機器で再生できるけれど、AI人格の記憶というのは思考パターンと密接に結びついていて、個々に全部違うフォーマットだからあなたが思い出すことはできても、それを映像として再生することは無理ですよ」
「結局、どうなのよ」
悠太のお母さんが言った。
「とりあえず、今言えることは何もないし、下手に通常のメンテナンスを受けたら不良品扱いされるから気を付けてほしいということです。こちらでも、各パーツの製造記録から何かわからないか調べてみるから、待っててください。あと、僕の直通の連絡先です。これなら会社を通さずに連絡できます」
山本さんは名刺の裏に手書きでメモをすると、悠太のお母さんとあたしに渡した。あたしは名刺をメイド服のポケットにしまった。
「あの、あたしも自分のことがもっと知りたいので、よろしくお願いします」
「それじゃあ、この資料を一通り読んでください。企業秘密なので他の人にばれないように。一週間したら返しに来てください」
「それだったら、ここですぐ読んで返します。覚えてさえいれば理解するのは後でじっくりできますから。Maidモードにしてください。自分で読みますから」
「これは興味深いですね。普通のメイドロボは自分がどういう状態で動いてるかなんて理解していませんよ。わかりました」
山本さんがキーボードからコマンドを打ち込む。
「だからあたしは人間だって……Maidモードになりました。ご命令はありますか。ご命令がありませんので、資料を読ませていただきます」
あたしは渡されたファイルを一ページずつ写真のように記憶に焼き付けた。資料は538ページもあったので6分41秒もかかってしまった。
「ありがとうございました」
あたしはファイルを返すと待機姿勢になった。
「いまのは基礎的な資料だけど、事務所に戻ればもっと専門的なものもあるから、そこで読んでいくといいよ。データをコピーすると記録が残るけれど、紙を読むだけなら誰にも気づかれないしね」
「ありがとうございます。山本様」
その後、MaidモードとNarumiモードで山本さんといろいろ話をしたり、自動で歩いたり、体操のように体を動かしたりしてメイドプログラムの機能を確認した。

「メイドプログラムに問題は全くありませんね。分析に必要なデータは十分に取れましたから、今度こそ昼食にしましょう。これから行く店は、うちの実証実験に協力してもらってるんですよ。そこなら、メイドロボが一緒でも問題ありませんから」
「へえ。どんな実験をしているの」
「何体ものロボットを集中管理システムで制御する実験です。ある機体がお客様から注文を受けて、別の機体が調理し、また別の機体が配膳するというような連携をしてるんですよ」
「それ、面白いわね。ぜひいきましょう。なるみちゃん、車に乗ってベッドに寝てちょうだい」
「はい、ご主人様」
あたしは、悠太のお母さんの命令で車にワゴン車に乗り、ベッドに横になった。
5分32秒後に車はレストランに到着した。
「それじゃあ、行きましょう。あと、なるみさんには申し訳ありませんが、ここでは普通じゃないことを公にはできません。万が一のことがあるといけないので制御レベルHighにさせてもらいます」
山本さんがキーボードを操作した。あたしの中で何かが切り替わり、命令以外のことが出来なくなった。
「じゃあこちらに来てください」
「山本様はオーナーとして登録されておりません」
制御レベルHighだと、融通が利かないわね。
「なるみちゃん、来てちょうだい。それから、山本君の言うことも聞いてちょうだいね」
「はい、ご主人様。山本様のご命令にも従います」
あたしは、悠太のお母さんに続いてレストランに入った。

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