【目覚めればメイドロボ 17】

「レストラン ポルケッタ。イタリアンね」
悠太のお母さんが言った。
店内にはウェイトレスロボットが働いていて、そのうち一体があたしたちに声をかけた。あたしのメイド服と似てるけど、明るいオレンジ色で装飾の少ない制服を着たその姿は、よく見ると検査ラインであたしの前にいたのよりは高級だけど、あたしや受付ロボットよりは普及機に近いようだった。
「《ピッ》いらっしゃいませ、三名様ですね。この時間は全席禁煙となっておりますが、よろしいですか」
この子は、あたしを人間だと認識してるのかしら。
あたしたちを四人がけのテーブルに案内した。
二人が向かい合って椅子に腰かけ、あたしは座る必要がないので、悠太のお母さんの左後ろで待機姿勢になった。
「《ピッ》ご注文は何になされますか」
「その前に店長にご挨拶したいので呼んでいただけますか」
山本さんが言った。
「《ピッ》かしこまりました」
ウェイトレスロボットが返事をしてから45秒で一人の男性がやってきた。
「どうも、山本さん。お久しぶりです」
「どうですか、うちのロボットたちの調子は」
「ご覧のとおりとても助かってますよ。ところで、こちらは?」
店長さんはあたしのほうに顔を向けた。
「これですか。当社の最新型ですよ。こちらは、そのオーナーの阪上さんです」
山本さんは店長さんに言った。
「そうですか。最新型ということは、いま評価中のより高性能なんですよね」
「ええ、そうですが」
「山本さん、阪上さん。もうしわけないんですが、これを貸してもらえませんか」
山本さんの話を聞いた店長は突然頭を下げて頼み込んできた。
「しばらくしたら同型機をお店に回しますよ」
「いえ、そうはなくて、実はアルバイトが急に二人休んでしまって、ランチ営業の人手が足りないんですよ。今日の昼だけでいいんでお願いできませんか」
え、なに? 突然何を言いだすの?
「そうですね。確かに他のロボットと比較したデータを取るにはよいかもしれませんが、オーナーの意見をきかないと。先輩……阪上さんはどう思いますか」
「いいんじゃないかしら。なるみちゃんが、もしこれからメイドロボとしての生活をしばらく続けないといけないんだったら、今のうちに色々な使われ方を経験しておいたらきっと役に立つと思うのよ。大丈夫よ。なるみちゃんならうまくやれるわよね。お願い」
制御レベルがHighだと、オーナーのお願いは命令と同じだから、あたしに拒否権はない。
「はい、ご主人様」
断るつもりはないけど、せめてNarumモードにして聞いてほしかったわ。でも、普通のロボットじゃないとバレたらまずいし、仕方ないわね。

あたしたちは店長に案内されて店の事務所に入った。
事務所の中には、家にある充電スタンドと同じような台座が4台並んでいた。
「それでは、登録しますね。一番左の台に乗ってください」
「はい、山本様」
あたしが台の上に乗ると、充電するときと同じように両足が固定されて身体が動かなくなった。
山本さんがコンソールを操作した。
「ウェイトレスプログラムをインストール中です」
あたしの意識の中にさまざまな情報が流れ込んできた。
「ウェイトレスプログラムのインストールが完了しました。集中管理システムに接続されました」
あたしは店の見取り図や食事のメニューなどの基本情報や、店内のどこにどのロボットがいるかを把握できるようになった
同時に、あたしの見聞きした情報が集中管理システムに送られ、他のウェイトレスロボットや調理ロボットと共有されていることもわかった。
「《ピッ》」
あたしの中から、受付ロボットやウェイトレスロボットと同じ電子音が出た。
「集中管理システムからのコントロールを受け入れるように、先輩からオーナーとして命令してください」
「なるみちゃん」
「はい、ご主人様」
「集中管理システムからのコントロールを受け入れてちょうだい」
「承知しました」
そう答えるとすぐに集中管理システムから最初の命令を受信した。
「《ピッ》集中管理システムからの命令を受信しました」
この音って何かと思ってたけど、集中管理システムに管理されてる時に出るのね。
あたしの身体は事務所を出て隣のロッカールームに向かった。
ロッカールームに入るとあたしの身体は迷わず一つのロッカーにたどり着き、扉を開けた。
ロッカーの中には店の制服が準備されていた。
あたしは身体の各部に指令を送って服の固定パーツを解除してメイド服を脱いで丁寧に畳むと、ウェイトレスの制服を着た。
身体が震えて制服はあたしの身体に固定された。
専用メイド服と比べると身体との一体感はないけれど、細かい動作上の問題点はないみたいだった。
「《ピッ》」
着替えが終わると、あたしは店のシステムと完全に一体化した。
あたしは、自分が何をしなければいけないかを把握するために状況を確認した。アルバイトが足りないためか調理がおわった食品が何件も配膳待ちになっている。
このシステムは、仕事ができると基本的に全ての機体に指令が伝わって、手の空いているロボットが申請して担当を割り当てられるようになっている。特定の機体を指名した命令もあるみたいで、さっき着替えさせられた時がそうだったんだろう。
他のロボットの動きを確認すると、どうやら一度に一テーブルずつ運んでは厨房に戻るというのを繰り返していた。隣り合ったテーブルに同じ時間に料理が出来上がっているのにそんなことをしていたら効率が悪いのは当たり前ね。
「《ピッ》」
あたしは、3番テーブルから注文されたハンバーグ定食と4番テーブルから注文されたミックスドリアを運ぶことをシステムに申請すると、システムから即座に許可が出た。
ロッカールームから厨房に向かい、受け取った料理をワゴンに載せてその足で店内に入った。
「《ピッ》ハンバーグ定食になります」
あたしは、3番テーブルに配膳すると、4番テーブルに異動した。
「ピッ、ミックスドリアになります」
管理システムによれば、このテーブルの注文はこれで終わりのはずだった。
「《ピッ》ご注文は以上でよろしいですか」
「ああ、いいよ」
会話の内容は、店の営業形態やメニューによって決められた定型文だけだから、メイドの仕事と比べたらはるかに楽だし、これならあたしが普通じゃないってばれる心配もないわね。
そんなことを考えながら、内蔵プリンタから伝票を印字しようとしたところ頭の中に警告が現れた
《内蔵プリンタ未接続》
そうだったわ。あたしの身体にはプリンタなんて内蔵されてるわけないじゃないの。
内心ちょっと慌てたけれど、ウェイトレスプログラムのおかげで顔に出ることはなかった。あたしは厨房に戻ってワゴンを返すと、厨房入口にある人間の店員が使用するプリンタから出力された伝票を持って、4番テーブルに戻った。
「《ピッ》伝票はこちらになります。レジにお持ちください」
伝票を渡したところで、店内にお客様が入ってくるのが見えた。
「《ピッ》」
あたしは、お客様対応をすることをシステムに申請し、承認が出たところで店の入り口に向かう。
お客様は初老の男性だった。
「《ピッ》いらっしゃいませ。お一人ですか」
「ああ」
「《ピッ》この時間は全席禁煙となっておりますが、よろしいですか」
「ああ」
あたしは空席の一つをキープすることをシステムに申請すると、こちらも即座に承認が出た。
「《ピッ》それではご案内いたします」

お客様を案内して注文を聞いていると、後ろのほうから大きな声が聞こえてきた。
どうやら7番テーブルのお客様とウェイトレスロボが揉めているみたいだった。
「これ、頼んだのと違うんだけど。俺はランチセットCを頼んだんだよ」
「《ピッ》お客様はランチセットBだとおっしゃいました」
「何だと、嘘をついてるって言うのかよ」
「《ピッ》注文したときの録音を再生します『ランチセットBを頼む』『ランチセットBを一人前でよろしいですか』『ああ、それでいい』」
「なんだと、それが客に向かって言う態度か」
これはまずいパターンだわ。
「《ピッ》」
あたしは対応を引き継ごうと管理システムに申請した。
「《ピピピッ》」
しかし管理システムには承認されなかったので、あたしは目の前のお客様の対応を続けるしかなかった。

結局、7番テーブルは店長が謝って作り直したようだった。
料理が出来上がって配膳の指令が飛んできた。
さっきのウェイトレスロボも手が空いてるようだけど、同じ機体が相手をしたらまた怒らせるかもしれないわよね。
「《ピッ》」
あたしは7番テーブルに配膳することを申請して、承認された。

「《ピッ》お待たせしました、ランチセットCです。ご注文はお揃いですか」
「やっと来たか、ロボットの癖にグズグズするんじゃねえよ。ん~、お前はさっきの奴と違うな。なんだよその頭は。ここはメイドカフェか。媚びてんじゃねえよ」
けっこう酔っぱらってるみたい。これはダメなパターンだわ。前のアルバイト先にもこういうのは時々来たわよね。こういうときは対応マニュアルがあるはずだけど。
あたしは管理システムから対応マニュアルをダウンロードして確認した。一人が対応している間に別のスタッフがカウンターの裏にある警備会社への通報ボタンを押すのね。前アルバイトしてたところと同じだわ。
「《ピッ》」
あたしは管理システムを通じて、手の空いた機体が警備会社への通報をするように要請した。あとは穏便に時間稼ぎをするだけだ。
「その、ピーピー言うのも気に入らねえんだよ」
「《ピッ》もうしわけありませんお客様。これが仕様となっております」

あたしが7番テーブルの対応を始めてから4分21秒が経過したけれど、警備会社がやってくる気配はなかった。どういうことかしら?
「《ピッ》」
管理システムに問い合わせると、あたしの依頼は誰も処理していないことが分かった。店長も忙しすぎてメッセージを読んでいないみたい。仕方ないわね。
「《ピッ》」
あたしは思いついた行動を管理システムに申請したところ、あっさり承認された。
あたしは対応マニュアルに書かれている警備会社の電話番号に、内蔵されている電話で連絡した。
『こちらはレストラン ポルチェッタです。問題のあるお客様がおられるので応援を要請します』
内蔵電話は管理システムに連携していないから、《ピッ》って言わないし会話パターン以外のことも話せるのね。
「おい、お前」
「《ピッ》はい、お客様」
同時に二つの会話をするのはちょっと混乱するけど、お客様との会話はウェイトレスプログラムに任せて電話に集中する。
『わかりました。10分で急行します。到着までに状況を教えてください』
「お前は他の奴よりいい身体してるな」
お客様はいやらしい目つきであたしの身体をじろじろと見た。
「《ピッ》ありがとうございます」
ちょっと。プログラムったら、何を言ってるのよ。
『はい、泥酔していて注文が違っていたと文句をつけて店員に絡んでいます。店員はロボットですので、傷害などの被害は出ていませんが、このままエスカレートすると他のお客様にご迷惑がかかります』
「それじゃあ、ちょっと付き合えよ」
プログラムはお客様の要求に対応できず、あたしの口から言葉が出ることはなかった。
『わかりました。間もなく到着予定です』
電話で話している間に店の前に警備会社の車が到着した。10分って言ってたけれど、電話してから3分53秒。早いわね。

「おい、無視するんじゃねえよ。この店は客に対する態度がなってないんじゃないか」
どんどん声が大きくなって、他のお客様も何があったんだろうという顔でこちらの様子をうかがいながらヒソヒソ話をしている。
「《ピッ》お客様、落ち着いてください」
あたしは、会話パターンの中から言葉を選んで語りかけた。
「うるせえ」
お客様が手に持った食器のナイフをあたしに振りかざした。
(きゃぁ)
悲鳴をあげようとしたけど、会話パターンになかったので声は出なかった。
とっさに避けようとしたけれど、管理システムに許可を申請する余裕なんてないから身体は動かせない。
お客様の手にしたナイフがあたしの腹部に深くつきっさった。
「《ピッ》お客……様……」
思考が一瞬でエラーメッセージに埋めつくされ、視界が暗闇に閉ざされた。
「うぎゃ、ぐわぁー」
お客様の叫び声が聞こえた。
「ゼネラル・セキュリティから来ました。問題の人物はこちらですか」
「なるみちゃん。大丈夫」
色々な声が聞こえてきたけれど、何も見えないし頭の中はエラーでいっぱいで、どうしようもなかった。
「《ピピピピピピピピ》内部機構に重大な故障が発生しました。緊急停止します」
その言葉を最後にあたしは意識を失った。

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