【目覚めればメイドロボ 19】

目が覚めると、6時20分21秒だった。
電源が入ってから意識を取り戻すまでが、日に日に早くなっているようだった。

「CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMIは、Maidモードで起動しました」
あたしは、いつもの起動メッセージを呟くと、命令を確認した。
「現在の未処理タスクを確認します。優先命令1、7時までに朝食を調理します。メニューはトースト・オムレツ・ソーセージ・コーヒーです。優先命令2、6時40分に悠太様を起床させます。優先命令3、掃除と洗濯を行います。優先命令4、留守番をします」

あたしは悠太を起こしに行った。
「悠太様、もう朝になりました。起きてください」
「う~ん、もうちょっと」
「さっさと起きなさ……起きてくださいっ」
行動制限が解除されていても、言葉だけは丁寧になるのね。どういう仕組みかしら。昨日記憶した資料をあとでちゃんと読んで色々と試そうと思いながら、あたしは悠太を叩き起こした。
「悠太様、7時までに降りてこなかったらどうなるか、おわかりですね」
「わ、わかったよ。もう起きたってば」
「悠太様の起床を確認しました。行動制限を適用します」
あたしは、悠太の部屋を出て台所に入り、朝食の準備をはじめた。
6時43分21秒に悠太のお母さんが降りてきた。
「おはよう、なるみちゃん。朝からありがとうね」
あたしはオムレツを焼いている手を止めることなく返事をする。
「おはようございます、ご主人様。間もなく朝食の準備ができます」
あたしが配膳をしていると、6時58分11秒に悠太が降りてきた。
「おはようございます、悠太様」
あたしはコーヒーをテーブルに置きながら答えた。
「おはよう、なるみ。今日はちゃんと起きただろう」
当たり前のことを何自慢してるのかしら。
あたしはグチの一つも言おうと思ったけれど、制御レベルがHighなので、何も言うことなくダイニングの片隅で待機姿勢になった。

「いってきます」
「行ってらっしゃいませ、悠太様」
あたしは悠太を送り出すと、食事の終わった皿やカップを台所に下げて、洗い始めた。この脱げない手袋にもずいぶん慣れてきて、いまではほとんど違和感を感じずに水を扱うこともできるようになった。そういえば最初のころは脱げなくてパニックを起こしたのよね。
「なるみちゃん、今日の予定だけれど、食器洗いが終わったら洗濯と掃除はしなくていいわ。もうすぐ隣の家を管理している不動産屋さんが来るから」
そういえば、隣の家は売家になってるって話だったわね。
「はい、ご主人様。掃除と洗濯は、本日は実行しません。食器を洗い終えたら、待機します」

あたしは、食器を洗い終えると、悠太のお母さんのところに向かって待機姿勢になった。
「もう終わったのね。それじゃあ、不動産屋さんが来る前に……」
悠太のお母さんがスマートホンを操作した。
「Narumiモードになったわ」
「まあ、座ってちょうだい」
あたしは悠太のお母さんの向かいの椅子に座った。
「なるみちゃんが最後におぼえているのが水曜日の夜だったわよね」
「あ、はい」
「向かいの吉田さんの話だと、水曜日の夜中にトラックが来てこっそり荷物を運び出していたそうよ。あたしは夜勤だったから見てないんだけど。で、金曜日には不動産屋から家が売りに出されてるわ。それで調べたら、その二週間前に不動産屋の物になっていたの。計画的な夜逃げみたいね」
「あたしは何も聞いてないんですけど」
「ここからちょっと嫌な話になるわ。覚悟して聞いてちょうだい。なるみちゃん、ご両親の仕事って知ってる?」
「共働きで、どっちも普通の会社員だけど」
「そのはずよね。だからまず、勤めている筈の会社に聞いてみたの。そうしたら、どっちの会社にも一か月前に辞めたって言われたわ」
「でもお父さんもお母さんも仕事に行ってたし。それって……」
あたしは、この身体で目覚めた時から薄々感じていた不安を口に出した。
「お父さんやお母さんが、あたしをこんなメイドロボにしたってことなの?」
「まだそうと決まったわけじゃないわ。何の証拠もないもの。でも、ちょうどあたしがメイドロボのモニターに応募した二日後に、二人とも退職してるわ。いろいろ考えられるけど、ご両親にはなるみちゃんの知らない秘密があったのは間違いないわね」
悠太のお母さんは続けた。
「山本君が言ってたでしょ。人間をロボットにするのは簡単じゃないって。それも、なるみちゃん自身が全く気が付かないんだから。一か月かけて周到な準備をしておいて、二日間で最後の仕上げをしたんじゃないかしら」
「そんな面倒なことをするぐらいないら、あたしを工場に閉じ込めて機械にしたほうが楽なんじゃ」
「そうね。工場のほうは、なるみちゃんの身体の部品ひとつひとつの製造記録を山本君に調べてもらってるわ。まだわからないことだらけだけど、時間をかけてひとつずつ解決していきましょ」
「ですよね。あたしも……」

その時、玄関のチャイムが音を立てた。
「来たみたいね」
悠太のお母さんはそう言ってスマートホンを操作した。
「あ、ちょっと待っ……Maidモードになりました。ご命令をどうぞ」
あたしは椅子から立ち上がり、待機姿勢で命令を待った。
「あら、話し終わる前に切り替えちゃってごめんなさいね。とりあえず、お客さんを案内してちょうだい」
「はい、ご主人様」
あたしは、玄関に向かって歩き出した。

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