【目覚めればメイドロボ 21】

目が覚めると、17時11分05秒だった
「CMX-100 機体番号9X385JSP02 個体名称NARUMIは、Maidモードで起動しました」
あたしはソファから立ち上がった。
「あたし……本機はNarumiモードだったはずじゃ……はずではないでしょうか?」
「全然起きないから、壊れたかと思って再起動しちゃったよ」
悠太はあたしの額に手を触れ、スイッチを押す仕草をした。
「悠太……様。あた……本機の機能は全て正常です。あたしの寝起きが悪い……ピッ……本機の仮想人格が、ガガガ…睡眠状態から覚醒状態に移行するには時間がかかることは悠太様もご存じでしょう」
寝ぼけながら話してる言葉の修正には負荷がかかるみたい。また誤動作しないように、あたしは意識を集中した。3分54秒後にあたしの意識は明瞭になった。
「本機の仮想人格は完全に覚醒状態になりました」
あたしはそう言って充電台まで歩いていき、そこで待機姿勢になった。足が固定されて思考の中に充電中の表示が現れる。
「充電を開始します。ただいまバッテリーは83%です。充電完了までおよそ30分です」
「もしかして、本当に寝てただけ?」
(そうよ。悠太のおかげで目が醒めちゃったわ。どうしてくれるのよ)
「はい。悠太様のおかげで覚醒状態になりました。ご命令はありますか」
あたしの言葉は、丁寧に言い換えられるだけで、反対の意味になってしまった。もちろん、文句は声にならない。
「あー、ごめん。用事もないのに起こしちゃった。命令はないよ、気軽に命令するなって母さんからも言われてるしね」
(違うわよ。自由に行動しろって命令してくれなきゃ)
「承知しました。命令があるまで待機します」
あたしは充電台の上で待機状態になった。

17時18分47秒に悠太はリビングを出て行った。あたしはそのまま待機を続けながら、前日に記録した技術資料を順番に読んでいった。取扱説明書と比べて難しい内容が多くてなかなか理解できないけれど、空いている時間にはなるべく読もうと思った。
17時53分10秒に充電が終わり、あたしは頭の中のアイコンやステータスを一通り確認した。
「充電が完了しました。本機は正常に稼働しています」
確認の途中で制御レベルが[Low]になっていたことに気が付いた。ということは、命令がないから自由に動けるはず。なんで待機状態なんだろう。
もしかして……
「本機は待機状態を解除します」
試してみると、あっさりと自由に動いて充電スタンドから降りることも出来た。
どうやら、命令がないときには待機するのが普通だと思っちゃったから待機状態になっていただけのようだった。どんどんメイドロボであることに慣れていくのは嫌だなあ。
取扱説明書と技術資料によれば、いまのあたしの状態は仮想人格(あたし)がメイドとしてすべきことを考えて、それをメイドプログラムが実行しているらしい。メイドとして不適切な動作はメイドプログラムに修正されるけど、修正が多くなると負荷がかかって誤動作や停止しちゃうのよね。
“仮想人格は常にメイドとしてすべきことを考えています”って書いてあるけど、あたしはそんなこと考えてないわよね。どうして自由に考えられるのかしら。そう言えば山本さんが何か言ってたような……と思ったとたんに昨日の会話が再生された。
『覚えがあったら、それはそれで問題ですよ。思考パターンや記憶のスキャンは臓器移植と同じレベルの倫理委員会による承認が必要ですから、本人と親族の同意に複数の医師の判断がない限り行えません。うちにも脳障害を負った人のサイボーグ手術などのためにその設備はありますが、厳重に管理されているはずですよ』
思考パターンや記憶のスキャンかぁ。そう思って、技術資料の関連部分を探してみたけれど、専門用語が多すぎて結局あたしの正体が何なのかを知る手掛かりは見つけられなかった。

考えても仕方ないわね。悠太のお母さんや山本さんがいろいろ調べてくれてるし、何かわかるまではちゃんとメイドロボしなくちゃね。そう考えて身体の力を抜くと、自然に両手がエプロンの前で重ねられ、あたしの身体は待機姿勢に戻った。

といってもやることがないので、とりあえず仮想人格とメイドプログラムの関係についていろいろ試してみようと思った。
(あたしは人間よ)
「本機はメイドロボです」
まあ、こうなるわね。電子脳の負荷は23%。けっこうあるわね。
(本機はメイドロボです)
「本機はメイドロボです」
負荷は3%、全然違うわね。つぎは頑張って抵抗してみたらどうなるかしら。
(あたしは人間、あたしは人間、あたしは人間)
「あた……本機は……ニンゲ……メイド……違ウ…ロボ……ジャナクテ…ニ…ニ…ニ……」
あたしが言葉を発しようとするたびに負荷はどんどん増えていき、ついに95%に達した。あたしの意識の中で警告が点滅している。限界まで行ってみたいけど、これ以上はヤバそうだから、何かあった時に再起動してくれる悠太かお母さんがいる時にしたほうがよさそうね。
あたしは悠太か悠太のお母さんを探したけれど、二人とも家の中には見当たらなかった。
今のあたしに設定されている行動範囲は、家の敷地だったはずよねと考えると、すぐに情報が修正されて行動範囲が設定されていないので、どこにでも行けるということが分かった。
あたしは買い物に行こうと思って内蔵されている電話で悠太を呼び出したが応答はなかったので留守番電話にメッセージを残しておいた。
『悠太様、夕食の買い物に行ってまいります』
あたしは右手のICチップにチャージされている金額を確認して家を出た。

ナビゲーション機能を起動すると、あたし自身で行き先を設定することが出来た。前回と同じスーパーマーケットを設定すると、あたしの身体は自動的に歩き出した。
ナビゲーションが起動してから4分51秒後、スーパーの手前であたしの前にガラの悪い男が二人並んで立ちふさがった。

「リルートを開始します」
あたしの身体はスーパーの手前で向けを変えて、細い路地に入った。
路地を歩いていくと、別の男にあたしの行く手が遮られた。
「リルートを開始します」
振りかえって歩き出すと、別の男に行く手をふさがれた。
「リルートを開始します」
再び振り返ると先ほどの男が近づいてくる。
「リルートを開始します」
横を向いたところには路地の塀があって進めない。
「リルートを開始します」
「リルートを開始します」
「リルートを開始します」
あたしの身体はその場でくるくると回り、やがて停止した。
「経路が見つかりません。ナビゲーションを中止します」
あたしは前後から二人ずつ、合せて4人の男たちにかこまれてしまった。
「こいつに間違いはないな。お前がナルミか」
「はい、本機は機体番号9X385JSP02 個体名称NARUMIです。あなた方はどちら様でしょうか」
あたしの問いに答えることなく、男の一人の手があたしの額に触れ、スイッチがカチリと押し込まれた。
男がボタンから手を離すと、身体の感覚がなくなってゆく。
(助けて)
身体は動かず声も出ない。内蔵電話のアイコンはグレーに変化して連絡もできなくなった。
「本機はこれより休止状態に移行します。おやすみなさいませ」
あたしは軽く微笑むと、ゆっくり目を閉じて眠りについた。

↑戻る