Magial suit maid

作 市田ゆたか

「はぁっ、これで10社目だわ」
天野優子はアパートの部屋で手紙を読むとため息をついた。
沢山のダイレクトメールに混ざって届いた手紙の内容は、数日前に面接に行った会社からの不採用通知であった。
優子は、産業流通大学で経営学を学んだ同期生の中でも優秀な成績で、真っ先に内定が決まったのだが、入社した翌月に不況で会社が倒産したため退職金ももらえずわずかばかりの見舞金で放り出されてしまい、改めて就職活動をしているところであった。
通知を放り出し、ダイレクトメールを片付けようとしたところで、一通の手紙に気がついた。
封筒には「天野優子様」とだけ書かれており、切手は貼られていなかった。
「あれ、こんな手紙あったかしら」
封筒は結婚式の招待状に使用するような高級な用紙が使用されており、時代がかった蝋の封印がされていた。
優子は封を開けて中を見た。

 私ども相沢メイド商会は契約されたクライアントの方々のご希望に応じてさまざまなタイプのメイドを派遣することを生業としております。
 このたび当社のクライアントが経営のわかる若い女性を指名されましたので、貴方様を弊社の派遣社員として登録いたしました。
 仕事の内容は、クライアントの自宅の家事とクライアントの事業の経理事務です。
 住み込みの仕事ですので住居の心配もありません。衣服も支給されます。

実家に連絡して親に相談したところ、両親ともに仕事が決まったことに喜んでくれた。
優子は荷物を実家に送り、アパートの契約を解除した。
不動産屋にアパートの鍵を返して、指定された駅前の広場に着くと、高級そうな仕立ての服を着た金髪の白人が流暢な日本語で話しかけてきた。
「天野優子様、お待ちしておりました。私はアイザックと申します。ここでは相沢と名乗っております。貴方をメイドにしてクライアントにお届けするのが私の仕事です。さあ、こちらへ」
優子はアイザックと名乗った男性に導かれて歩いた。
「はい、そこで止まってください」
優子は駅前広場にタイルレンガで描かれた1メートルほどの円形の模様の中心で立ち止まった。
「え?これから案内してもらえるんじゃあ…」
「はい、これからご案内しますが、その前に貴方をメイドにしなければなりません」
アイザックはにやりと笑った。
「ちょ…、ちょっとまって」
優子は後ずさりをしたが、背中が何かにあたって動きを止めた。
あわてて振り向いたがそこには何も見えない。しかし、手を伸ばすと確かに壁のようなものがあった。
見えない壁は優子のまわりを円筒形に取り囲んでおり、それはタイルに描かれた模様の縁と一致していた。
「だれか、助けてー」
優子は大声で叫んだが、多数の通行人は誰も優子を助けようとはしない。まるでそこに何もないかのように通り過ぎていくだけであった。
「それでは、これから作業を開始します」
アイザックが言うと見えない壁がうっすらと光り始め、壁の表面に無数の文字や記号が現れ、必死に壁を叩く優子の身体に異変が起きた。
光でできた文字の列が優子の額に飛び込むと、優子は壁を叩くことをやめ着ていた服を脱ぎだした。
「なにこれ、身体が勝手に…」
優子は必死に抑えようとするが身体は止まる気配を見せず、パンティやブラジャーさえ脱いで産まれたままの姿になった。
アイザックは見えない壁を通り抜けて脱いだ服を拾うと、鞄から紺色の服を取り出して優子に手渡した。
シャツ・パンティ・ストッキング・手套のすべてが紺色で、シルクのようでもありビニールのようでもある奇妙な素材でできていた。
「さあ、これを着てください」
そういってアイザックは優子が脱いだ服を持って見えない壁の外に出た。
優子が戸惑っていると、アイザックはつづけた。
「困りましたね。自分から着ないのであれば…わかりますね」
さきほどのように身体を操って無理やり着せるのだと思うと、優子は諦めて渡された服を身につけ始めた。
まず、パンティを穿き、次にシャツに身体を通した。
「あぅっ」
ひんやりとした感触が快感を与え、優子は小さな声を上げた。
そしてストッキングに右足を通して引き上げると、パンティのすぐ下まで達した。左足も同様であった。
最後に両手を手套に通すと、優子の首から下は紺色一色に包まれた。
「素直ですね。それでは次の段階に進みましょう」
アイザックが言うと身にまとった服たちが光を放った。
まずシャツが縮みはじめた、レオタードのようになったシャツは乳房をくっきりと浮き上がらせた。
優子はあわててシャツを脱ごうと腰回りに手をかけたが、素肌にぴったりと密着して指を入れる隙間も存在しなかった。
次にパンティが変化した。パンティの上部が肌の上を這うように広がってシャツの下部に達した。
そしてパンティとシャツの間にあった境目が融けるように消え去った。
パンティの下部ストッキングも同様に一体となって優子の下半身を締め付けた。
手套とシャツの袖が双方から伸びて上腕部で一体化した。
優子は体中が締め付けられる感覚に悶え、崩れ落ちた。
最後にストッキングの踵の部分が伸びてハイヒール状になった。
服の動きが収まり、正気を取り戻した時には優子の全身は紺色の素材で包まれていた。
優子は恐る恐る右手で左胸に触れた。
それは、素手で素肌に触れているような感触であった。
ハイヒールのかかとにも触れたが、手に触れる感覚はプラスティックのように堅いにもかかわらず、素足に触れられているような感覚をかかとに感じた。
「その服はあなたの身体をゆっくりと変えてゆきます。一週間もすれば違和感もなくなるでしょう」
アイザックはコルセットのついたスカートを優子に渡した。
優子はもう逆らう気力もなくなって、素直にスカートをはいてコルセットを装着した。
コルセットはひとりでに優子の腹部を包み込み、金色の紐が締め上げた。
「最後の仕上げです」
アイザックはフリルのついた白いエプロンと髪飾りを手渡した。
エプロンも腰に当てただけでスカートの上の最適な位置に固定された。
最後に髪飾りを頭部に載せるとフリルの両端から伸びた細い紐が頭髪にもぐりこんだ。
むずがゆさを感じて引っ張った時にはすでに頭髪のようにがっちりと頭皮に食い込んでいた。
「あたしをどうするつもり」
優子は精いっぱいの強がりを言った。
「これからメイドとしての教育をしてクライアントに送り届けます。教育と言っても直接頭の中に書きこみますから、あなたは何もすることはありません」
アイザックの言葉とともに、最初と同様な光の文字が今度は大量に優子の額に吸い込まれていった。
やがて光の流れが止まり、アイザックが声をかけた。
「これで完成です。メイドとしての心得はわかっていますか」
「はい。メイドはご主人様に危害を加えてはなりません。メイドはご主人様のご命令を守らなければなりません。…これが、教育の…結果…なのね」
「そのとおりです。どうやら貴方は強い自意識をお持ちのようです。大半の方は教育されたということすら認識できないんですよ。きっと良いメイドになるでしょう。それではクライアントにお送りします。この世界とは多少違いますが、あなたならば大丈夫でしょう」
アイザックがそう言うと、優子の姿は円の中から消え去った。

 

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