【目覚めればメイドロボ1】

パチン。
静電気のようなショックを感じてあたしは目を開けた。
「……み、なるみなのか?」
誰かの声がする。顔をあげると目の前に人影が見えた。
顔にフォーカスを合わせると、記憶にある人物と一致した。幼馴染の阪上悠太だ。
周囲をゆっくりと見回すと、そこは何度も来たことがある悠太の家の居間だった。
蓋をあけられた大きな段ボール箱がいくつも、あたしを囲むように無造作に置かれていた。

「ゆ……、ゆ……」
悠太の名前を呼ぼうとするが、なぜか言葉にならない。
彼に向かって歩き出そうとしたが、あたしの身体はまっすぐ立ったまま、足を踏み出すこともできない。両手も身体の横にまっすぐ降りたままだ。
「大丈夫か、なるみ。ちょっと待ってろ」
そう言って悠太は手にした冊子を読みだした。それ何かの取扱説明書のようだった。
悠太はページをめくりながらあたしの顔をみつめ、おもむろに額に手を触れた。

「これかな」
パチンッ。
再び軽いショックを感じ、身体が楽になった。
「なるみ?やっぱりなるみなのか?」
「ゆ……悠太…様」
悠太様?なんであたしはこいつに様なんてつけてるのかしら。
「動けるかい」
あたしはゆっくりと手を前に出し、一歩・二歩と足を踏み出した。
(うん。大丈夫よ)
そう言おうと思ったところ、口から出たのは別の言葉だった。
「はい、大丈夫です」
なんかおかしいわ。
「よかったぁ。こんな姿になっちゃって、このまま動かなかったらどうしようかと思ってたんだよ」
「こんな姿?」
あたしは、腕を顔の前に上げて見つめた。両手は真っ白な手袋をはめ、手首には金色のブレスレットをはめていた。
首を曲げて見下ろすと、ドレスのような服を着ているらしい。足にはいままではいたことがないような高いヒールのパンプスを履いていた。
(鏡を見せてちょうだい)
「鏡を見せていただけますでしょうか」
やっぱりおかしい。あたしは絶対にこんな言葉遣いしないもの。
「それじゃあ隣の部屋にきてよ」
たしか物置になっている部屋のはずだ。あたしは悠太のあとをついて隣の部屋に入った。思った通り段ボールやプラスティックケースに入った洋服などが積まれていた。
「ちょっと待ってて」
「はい、悠太様」
あたしの身体はさっきと同じ姿勢になった。
動くことができないので、仕方なく悠太を待った。

悠太は段ボールを左右に動かし、箱の後ろに隠されていた三面鏡を引き出してきた。
「驚かないでね」
そういって三面鏡を開くと、そこには見慣れない衣装に身を包んだあたしの姿が映されていた。
黒いワンピースに白いエプロン。そして頭の上にはフリルの付いたカチューシャが載っている。あたしの服装は、いわゆるメイド服だった。

首にも両手のブレスレットと同じような金色の金属の環がついていた。そして同じような環が額を横切るように頭に嵌められいて、その中央にある逆三角形の部品が淡い緑色の光を放っていた。

「なっ、何よこの格好……」
あたしは思わず叫んだが、その言葉は途中で止まってしまい、続く言葉が出てこない。
声だけでなく身体もぴくりとも動かすことができなくなった。
鏡に映る額のランプはオレンジ色と緑色の点滅を繰り返している。
悠太はさっきと同じようにあたしの額に手を触れると光っている部分を軽く押した。

パチンッ。
またショックを感じて、身体が動くようになった。
額のランプは緑色に戻っている。
「あたしに何をしたの……ですか?」
悠太に聞いた。
「それが、僕にもわからないんだよ。なるみは覚えていないの?」
あたしと悠太はリビングルームに戻りながらお互いのことを話した。
「なるみは木曜日と金曜日、学校を休んだんだよ。何の連絡もなかったから家に行ったけど電気も消えててチャイムを鳴らしても誰も出てこなかったんだ」
「あたしは、水曜日の夜にいつもどおりベッドに入って。気が付いたらこん……このような姿でここにいたの……です」

あたしと悠太はリビングに戻り、ソファに腰かけて話を続けた。
「そうだったのか。で、今日は土曜日なんだけど、朝早くに誕生日のプレゼントだって大きな箱が何個も届けられて、開けたらメイドロボの部品と説明書が入っていたんだ」
「メイドロボ……ですか」
「それで、手足を組み立ててるときは気が付かなかったけど、頭を取り付けて保護カバーを外したらなるみの顔だったから僕も驚いてるんだよ」
そういって、乳白色の仮面のような部品を見せた。
「これが、あたしの顔についていたの……ですか?」
あたしは悠太から受け取って顔に当てた。
カバーの内側はシリコンゴムのような素材で、あたしの顔に吸い付くようにぴったりとフィットした。
「んっ……」
唇も閉じられた状態で動かせないので声も出せなかった。
あたしはカバーを外そうとしたが、左右のこめかみと顎のあたりが固定されていて、どうやっても外すことができなかった。

「大丈夫かい」
カチカチという音が顔の周囲で聞こえ目の前が明るくなった。
両手でカバーを持った悠太が目の前に立っていた。
「ごめんね。ここの金具を外さないといけないんだけど、そっちからは見えないよね」
そう言ってカバーを裏返した。
裏から見るとそれは、楕円形をしたプラスティックの皿のような形をしており、縁には金色の金具がついているのが見えた。
(悠太の責任じゃないわ)
「悠太……様の責任では……ありません」
あたしはそう言って、テーブルの上に置いてあった説明書を取ってパラパラとめくった。
表紙には『カスタムメイドロボット CMX-100 取扱説明書』と書いてあった。
説明書には電源の入れ方、充電の仕方、パソコンやスマホをつなぐとき、など細かい注意書きがたくさん書かれていた。
「CMX-100…ニュースで見たことがあ……ります。たしか一体ずつオーダーメイドで作る超高級メイドロボだったはず……ですね」
「うん。僕の家で買うことなんてできるわけないのに、なぜか届けられて、それがなるみだったんだよ」
「あたしは、メイドロボになったの……でしょうか?」
そう言って手袋に覆われた指先で腕や顔に触れてみると、硬いプラスティックのような感触がした。
「わからないよ。ところでその話し方おかしいから、いつも通りに喋ってよ」
「それが、普段の話し方をしようとしても、できないのです」
「なんでだろ。あ、もしかして……」
悠太はマニュアルをめくった。
「わかった。多分これだ。ここで座って待ってて」
そう言って、部屋を出て行った。
「あ、ちょっと……はい、悠太様」
あたしは悠太を追って部屋を出ようとしたが、ソファから立ち上がることができなかった。

しばらくそのままの姿勢で待っていると、ノート型のパソコンを持って悠太が戻ってきた。
座ったまま動けないあたしの横に座ると、通信ケーブルを取り出して一端をあたしの首筋にの後ろ側に差し込んだようだった。
もう一端をパソコンに接続すると、パソコンの画面に《新しいデバイスを検出しました。ドライバのディスクを挿入してください》と表示された。
表示に従ってパソコンにディスクをセットすると、あたしの口が勝手にしゃべりだした。「通信相手を探してしています」
パソコンの画面は《ドライバをインストール中です》と変わった。
しばらくしてて再びあたしは口を開いた。
「通信相手を探してしています」
数秒ごとに同じ言葉を繰り返し続ける間、インストール状態を表す棒グラフが次第に伸びていき、やがてウィンドウの端に達した。
ほぼ同時にあたしの口がまた動いて知らない言葉をつぶやいた。
「通信相手と接続しました。CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMI を通知しました」
《ドライバのインストールが完了しました。新しいデバイス CMX-100 NARUMI が登録されました。メイドロボマネージャーのインストールを行います》
画面は変わったけれど、相変わらずあたしはぴくりとも動けなかった。
インストールの間、悠太はあたしの目の前でひらひらと手を振ったり、肩を叩いたりしていたけれど、何をしてもあたしが動かないのでため息をついてパソコンに向かった。
しばしの時間が流れ、パソコンに新たな表示が現れた。
《メイドロボマネージャーのインストールが完了しました。パソコンを再起動しますか》
悠太がOKを選択し、パソコンが再起動を始めるとあたしの口は簡単に報告をした。
「通信相手と切断しました」
そして、パソコンが再起動すると、さっきと同じ報告をした。
「通信相手と接続しました。CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMI を通知しました」
パソコンのデスクトップには、メイドの姿をデフォルメしたアイコンがあり、メイドロボマネージャー -NARUMI と表示されていた。
悠太はマウスカーソルでアイコンをクリックした。
画面が暗転し、新たなウィンドウが現れた
《メイドロボ制御プログラムのバージョンが最新ではありません。更新しますか》
悠太はOKをクリックした。だんだん操作にためらいがなくなっているようだ。
「メイドロボ制御プログラムを更新中です。電源を切らないでください」
あたしも勝手にしゃべることにだんだん慣れてきた。
「メイドロボ制御プログラムを更新中しました。再起動します」
目の前が暗くなり、音も聞こえなくなった。
あたしはゆっくりと眠りに落ちていった。

目が覚めると、あたしは両手を体の前で軽く重ねた姿勢で、ソファに座った悠太の前に立っていた。
「なるみ、大丈夫かい」
「はい、ご主人様」
何も変ってないどころか、あたしはまずますメイド化しているようだった。
「これで設定を変更できるはずだから、とりあえず座ってよ」
「はい、ご主人様」
あたしは悠太の横に座った。
とりあえず一言文句を言いたかったが、メイドは主人の許可なく口を開いてはいけないのがもどかしかった。
悠太はあたしにパソコンの画面を見せた。

《メイドロボマネージャー》と表示されたウィンドウは左右に分けられており、縦長の左側にはメイド服を着たあたしの姿が表示されており、右側にはいろいろな設定が表示されていた。

 人格シミュレーション OFF [ON]
 動作モード Narumi Hybrid [Maid] Maintenance
 制御レベル [Low] Middle High
 オーナー音声コマンド  OFF [ON]
 グループ音声コマンド [OFF] ON
 一般音声コマンド [OFF] ON
 有線リモコン --- [ON]
 赤外線リモコン [OFF] ON
 Wi-Fi リモコン   [OFF] ON
 スマートホン制御  [OFF] ON

悠太は説明書を見ながら、動作モードを Maid から Narumi に、オーナー音声コマンドを OFF に変更して、更新ボタンをクリックした。
小さなウィンドウに《更新しますか》と表示され、悠太はOKを選択した。
「動作モードを、Narumiモードに変更しました」
あたしの動きを押さえていた力がふっと消えたような気がした。
あたしはゆっくりと手を動かし、左右を見た。
「悠太……」
どうやら普通に話すこともできるようになったみたい。
「ねえ、これはどういうことなの?」
「だから僕にも全然わからないんだよ。さっき言ったとおり、突然君が送られてきたんだ。君は本当になるみなの?それともメイドロボなの?」
「なるみよ、新井なるみに決まってるでしょ」
あたしは強く主張した。
「でも、説明書にはベテランのメイドをモデルにした人格シミュレーションって書いてあるし、なるみをモデルにしたから自分がなるみだと思い込んでるだけってことはない?」
「あたしが、ベテランのメイドなわけないでしょ。そうだわ、もしあたしの人格がシミュレーションだったのなら、本当のあたしがいるはずよね。今からあたしの家に見に行きましょ」
そう言ってあたしは立って歩き出した。
首の後ろからケーブルが抜けた。
「通信相手と切断しました」
あたしの口がまた何か言ったけれど、動けなくなるようなことはなかった。
「ちょっと待ってよ」
悠太に構わずあたしは玄関まで来た。
靴を履かなきゃと思ったけれど、もうすでにハイヒールを履いていたのでそのまま外に出て隣にあるあたしの家に向かった。
家の扉には鍵がかかっていた。あたしはポケットから鍵を取り出そうとして、メイド服のポケットにあたしの家の鍵が入っているわけがないことに気が付いた。
「待ってっていったろ」
悠太が追い付いてきて声をかけた。
「さっき言ったけど、この家は木曜日からずっと留守のままだよ」

「あら、悠太となるみちゃんじゃない。どうしたの」
振り向くと、悠太のお母さんがこちらを見ていた。
「おばさん、実は」
あたしは説明しようとした。
「なるみちゃん。引っ越したんじゃなかったの。急な引っ越しだから別れの挨拶もできなくて申し訳ないって手紙が今朝届いていたけど、悠太のために戻ってきてくれたのね。母さんうれしいわ」
「違うんだよ、母さん」
悠太とあたしは、朝から遭ったことを悠太のお母さんに説明した。
「なるほどねぇ。だからこんな服を着ているのね。いいわ、とりあえずはうちにいなさい。新井さんには母さんから連絡してみるわ。隣の家はもう空き家だから、あなたがホントのなるみちゃんだったらほっておけないし、メイドロボだったらうちで使えばいいんだし、どっちにしろうちにいることに問題はないわね」
「ちょっと待って。あたしとしてはうれしいけど、突然家にメイドロボが送られてきたりとか、それがあたしの姿をしてるとか、おかしいと思わないんですか」
あたしは悠太のお母さんに疑問をぶつけた。
「思わないわよ。だって、あなたは私が注文したんだもの」
「ちょっ。母さん、どういうことだよ」
「落ち着きなさい。実はね、私はちょっと前に新型メイドロボのモニターに応募して当選したの。それで、希望の姿にカスタマイズできるって言うから、どうせだったら悠太が好きななるみちゃんの姿で誕生日プレゼントにするのががいいかなと思って情報を送っておいたのよ」
「僕はなるみのことが好きってわけじゃ……」
「そうよ。あたしだって悠太のことなんか……」
「相変わらず、仲がいいわね。まあサプライズプレゼントとしては成功かしら」
悠太のお母さんは笑いながら言った。
「どういうサプライズだよ」
「あたしだって、サプライズでメイドロボにされたんじゃたまらないわよ」
「外で立ち話もなんだから、とりあえず家に入りましょ」
悠太のお母さんは家の中に入っていった。

あたしは悠太と彼のお母さんのあとについて彼の家の玄関に入り、屋内に上がろうとして違和感を感じた。
黒いエナメルのハイヒールパンプスを脱ごうとして足をひねったけれど、上手く抜けない。
あたしは膝を曲げて靴を手でつかんで引っ張った。しかしこの靴は足にぴったりと張り付いてどんなに引っ張っても脱ぐことができなかった。
「どうしたんだい」
悠太が声をかけた。
「靴が、うまく脱げないのよ」
「ちょっと見せて」
悠太はあたしの脚に顔を近づけ、靴に触れながらいろいろな方向から眺めた。
「これは、脱げないね。ほら、ここを見てごらん」
そう言って靴と肌との境目を指差した。
「この靴と足だけど、色が変わってるだけで一つのパーツになってるだろ」
そう言われて境目に触れると、段差はあるけれど同じ手触りのプラスティックのような素材で隙間なく覆われていることが分かった。
「とりあえず、そのまま上がって。どうするかはあとで考えよう」
あたしはそのまま玄関から廊下に上がった。
ハイヒールのかかとが床に当たってコツコツという音を立てる。いままで気にならなかったけれど、一度気になりだすと気持ちが収まらなかった。
音をたてないように、つま先だけで歩こうとしたけれど、どうやってもかかとが先に床についてしまう。あたしはあきらめて、そのままリビングに入るとソファに座った。
「まあとりあえず、落ち着いてちょうだい」
悠太のお母さんが冷蔵庫から紙パックを出し、テーブルの上に置いたカップにジュースを注いであたしに差し出した。

「すいません、いただきます」
あたしはカップに口をつけた。オレンジの程よい甘みと酸味がのどを潤し、あたしは少し落ち着いた。気持ちが冷静になって浮かび上がってきた疑問を口にしてみる。
「あれ、ジュースが飲めるってことは、もしかしてあたしの中身は人間で、ロボットみたいなコスプレをしてるだけなの?」
「残念だけど」
悠太が説明書をめくりながら言った。
「CMX-100は、料理をするために味覚センサーを備えた飲食機能があるって書いてあるよ。基本的には味見機能で、タンクの容量に限りがあるからたくさんは食べられないみたいだけど」
「やっぱり、あたしはロボットなのね」
「うん、組み立てた時は間違いなくロボットだったよ。でも母さん、何でメイドロボなんか注文したんだよ」
「うちはお父さんがいなくて私が働いているでしょ。だから家事を楽にしようと思って、新型メイドロボのモニターに応募したのよ。当選したら一か月無料で使えて、そのあとはレンタルで使い続けることも通常より安く買い取ることもできるというのよ。まあ、元々安めのCM-30って製品だけど」
「え?」
悠太が声を上げた。
「ちょっと待って母さん。この説明書を見てよ。CMX-100って書いてあるよ。これって最高級機だよ」
「ここには、CM-30って書いてあるわよ。おかしいわね」
悠太のお母さんも書類を取り出して見せた。
「それで、あなたは自分がなるみちゃんだと思っているわけね。私はなるみちゃんの恰好をしたメイドロボの注文はしたけど、なるみちゃんをメイドロボにしようとなんてしてないわ。ロボット工場のこととか覚えていたりはしないの?」
「工場なんて知らないわ。だって、水曜の晩に眠って、目が覚めたらこうなってたんだもの」
あたしは答えた。
「水曜ねえ。新井さんちは木曜の朝には空き家になっていたのよね。あなたがなるみちゃんだっていうのを疑いたくはないけど、その身体はどう見てもメイドロボよね」
「だから、なんでこの身体なのかも全然わからないのよ」
あたしは思わず大声を出した。
「まあ落ち着いてちょうだい。冷静に考えましょう。さっきも言った通り私が注文した時には、名前を『なるみ』にすることと、なるみちゃんの顔写真を送っただけよ。それだけで、こんなにそっくりで自分が人間だと思い込むようなメイドロボが作れるというのは変かもしれないわね。それに突然挨拶もなしに引っ越すというのもおかしな話だわ。海外としか聞いていないから時間がかかるかもしれないけど、引っ越し先を探して連絡してみるわ」
「あ、ありがと……あれ、なんだか、身体が……」
返事をしようとしたところであたしの身体から力が抜けふらついた。すぐに目の前が暗くなり、音も聞こえなくなった。

気が付くと、あたしは庭先にある駐車場の片隅で折りたたみ椅子に腰かけていた。
「気が付いたかい」
顔をあげると、悠太が心配そうにのぞきこんでいた。いつの間にか日は落ち、あたりは夜の暗闇に沈んでいた。
「悠……ご主人様」
「あ、まだうごかないで。充電が終わっていないから」
そういって悠太はあたしの胸に向かって手を伸ばしてきた。
「充電ですか」
あたし下を向いて悠太の手の先を見た。
メイド服の胸元にあるペンダントが懐中時計の蓋のように開いて、太いケーブルの付いたプラグがそこに接続されていた。

「うん。なるみは話の途中で突然倒れて動かなくなったんだよ。それで調べたらエネルギー切れで充電しないといけないってわかったから、こうやって充電してるんだ」
「そうだったんですか。ありがとうございますご主人様。あの、また口調が……」
「ああ、ごめんね。どうなってるか調べるために、NarumiモードからMaidモードに切り替えたんだ。しばらくこのままで我慢してくれるかな」
「承知しました、ご主人様」
あたしは、充電が終わるまでそのままの姿勢で待った。

「充電が完了しました」
しばらくして何の前触れもなくあたしの口から声が出た。
悠太は充電用プラグを抜いて、ペンダントの蓋をを締めようとした。
(まって、どうなってるか見せてよ)
「お待ちください、ご主人様。どのようになっているか、見せていただけますか」
あたしが言うと悠太は手を止めた。

ペンダントははあたしの胸の肌にぴったりと張り付いていて、その内側に直径5センチほどの丸いソケットが取り付けられていた。

ソケットに刺さっていたプラグは、電気自動車の充電用プラグだった。だからあたしはガレージにいるのね。そう考えて、悠太に言った。
「ご主人様が私を運んでくださったのですか」
「うん、母さんと二人で運んだんだよ」
「お母様はどちらに?」
「明日の仕事があるからもう寝てるよ」
「そうでしたか。申し訳ありません」
「気にしないでいいよ。それより、言葉づかいを戻すから、部屋に戻ろうよ」
「承知いたしました。ご主人様」
あたしは悠太についてリビングルームに戻った。
首の後ろにケーブルが刺され、悠太がパソコンを操作した。
「動作モードを、Narumiモードに変更しました。ありがとう悠太。やっぱりあの言葉遣いは慣れないわ」
「そうだね。僕もそう思うよ。だからなるべくNarumiモードにしたいんだけど……」
「どうしたの」
「それが、モニターの条件として、メイドロボの使用レポートと動作記録を毎日報告しないといけないんだよ。それができないと、メーカーに返さないといけないんだって」
悠太はつらそうに言った。
「……ちょ、ちょっと待って」
「だから、母さんと相談して、明日の朝からメイドロボとして働いてもらうことにしたんだ」
「そんなこと急に言われても……」
「大丈夫だよ。ますはMaidモードで動かして、慣れてきたらHybridモードや完全人格シミュレーションモード、なるみの場合はNarumiモードって言うんだっけ。これにしてもメイドロボの働きができるって説明書に書いてあったから安心してよ。夜の間に追加プログラムをいくつかのインストールをしておくから、すまないけど明日の朝食から頼むよ。それじゃあ、おやすみ」

悠太はそう言って、あたしの額のボタンをゆっくりと押した。
ボタンが押された瞬間、カチッという音がして、あたしは身体を動かすことができなくなった。背筋が伸びて両手が軽く体の前で重なった。

悠太がボタンから手を離すと、指先と爪先から胴体に向かってじわじわと感覚がなくなってゆく。
やがて胴体の感覚もなくなったところで、あたしは言葉を発した。
「おやすみなさいませ、ご主人様」
あたしは軽く微笑むと、ゆっくり目を閉じた。
そしてわずかに残っていた顔面の感覚もなくなり、あたしはゆっくりと眠りについた。

 

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