【目覚めればメイドロボ 2】
目を覚ますと、窓の外がうっすらと明るくなり始めていた。
あたしは周囲を見回した。見覚えのあるリビングだ。どうやらあたしは悠太の家に来てソファに座ったまま眠ってしまったらしい。
「なんだか変な夢を見たわ。あたしがメイドロボになって、ご主人様に使われるなんて」
(あれ?ご主人様?)
なんだか嫌な予感がした。
(どれくらい眠っていたのかしら)
そう考えたところ、7時間35分27秒という数字が思い浮かんだ。同時に5時11分43秒という時計が思考の片隅に現れて、44秒・45秒……と一秒ずつカウントを始めた。
あたしはゆっくりと腕をあげ自分の手を見た。眠る前と同じく金色のリングで手首に固定された手袋をはめている。服もメイド服のままで、靴は足と一体化したハイヒールだ。
夢の続きであることを祈ってあたしは目を閉じてもう一度眠ろうとした。
「現在の未処理タスクを確認します。優先命令1、7時までに朝食を調理します。メニューはトースト・オムレツ・ソーセージ・コーヒーです。優先命令2、6時40分にご主人様を起床させます。優先命令3、リビングとダイニングを掃除します」
突然あたしの口が言葉を吐いた。
まだ6時にもなってないじゃないの。今日は日曜日だし、もうすこし寝たいのに。
あたしはとにかく目を閉じようとした。
「現在の未処理タスクを確認します。優先命令1、7時までに朝食を調理します。メニューはトースト・オムレツ・ソーセージ・コーヒーです。優先命令2、6時40分にご主人様を起床させます。優先命令3、リビングとダイニングを掃除します」
あたしは同じ言葉を繰り返した。
そうしている間にもあたしの中の時計は無慈悲に時を刻んでいく。
そういえば眠気は全く感じない。たぶん何度でも繰り返すんだわ。しぶしぶメイドロボであることを認めて動き出すと、あたしの口は静かになった。
まだ朝食までには時間があるので、あたしは優先命令3の掃除からかたずけることにした。
この家には小さいころから何度も来てるから何がどこにあるかもよく知っている。
あたしは押入れを開けて掃除機を取り出すした。コンセントにプラグを差し込み、スイッチを入れようとしたところで体が動かなくなった。
「この時間に掃除機を動かすと騒音のリスクがあります」
あたしの口がまた勝手に言葉を発した。
再び体が動くようになったけれど、言われることはもっともだと思い、あたしは掃除機をしまって箒で掃き掃除を始めた。
今度は身体が停まることもなく掃除をすることができた。
テーブルを布巾で拭き、窓ガラスやソファを雑巾で拭く。しばらく掃除を続けていると、また何の前触れもなく体が動かなくなった。
「現在の未処理タスクを確認します。優先命令1、7時までに朝食を調理します。メニューはトースト・オムレツ・ソーセージ・コーヒーです。優先命令2、6時40分にご主人様を起床させます」
どうやら掃除はこのくらいでいいらしかった。
時刻は6時35分41秒。あたしは悠太を起こしに行くことにした。
悠太の部屋のドアを開け、気持ちよさそうに寝ている布団をはぎ取ろうとしたところ、あたしの身体は動かなくなった。さすがにこれはメイドがご主人様にする態度じゃないということね。そう考えてあたしはまず小さな声で言った。
「ご主人様、お目覚めの時刻です」
思った通り、悠太はピクリともしない。
昔から寝起きが悪かったから、この程度で起きるわけはないことは判っていたけれど、いまのあたしは乱暴をすることはできないし、どうしようかと色々考えた。
とりあえず大きな声で起こそうかしら。そう思ってあたしは叫ぼうとした。
「ご主人様、お目覚めの時刻です」
しかし口からはおとなしい言葉しか出てこない。顔を叩こうとしてみたり、布団をはがそうとしたら、身体が動かなくなる。ご主人様を傷つけることはできないってわけね。これでは起こすことはできないし、どうしたらいいかと悩んでいる間に予定の6時40分を過ぎてしまった。
「現在の未処理タスクを確認します。優先命令1、7時までに朝食を調理します。メニューはトースト・オムレツ・ソーセージ・コーヒーです。処理中のタスクを確認します。優先命令2、6時40分にご主人様を起床させます。優先命令2は実行困難なため保留し、優先命令1を実行します」
どうやら食事を作ることが優先だから、無理やり起こさなくてもいいらしい。あたしは台所に向かった。
(まずはオムレツからね)
と思ったが、身体はなぜかコーヒーメーカーのほうに向かった。
コーヒー豆と水をセットしてスイッチを入れると、あたしの身体は小鍋に水を入れてガスコンロに載せてた。
コンロに火が付いたところで、あたしの身体は冷蔵庫からソーセージと卵、それからバターを取り出した。
卵をボウルに割りいれて塩コショウを振ってかき混ぜ、軽く味見をする。ちょっと塩味が足りないかしらと思ったが、新たに塩を振ることは許されなかった。
そのうちに小鍋が沸騰したので、あたしの身体は火を止めてソーセージを小鍋に入れ、ふたをした。
「下ごしらえが終わりました。優先命令1を保留し、保留中の優先命令2を再開します」
あたしは休む間もなく悠太の寝室に戻った。
あたしは悠太の寝室の中で自由に動けるようになった。
(料理は勝手にしてくれるけど、起こす方法はあたしが考えないといけないのね。不便だわね)
あたしはどうやっと起こすか考えた。
「そうだわ」
あたしは悠太の耳元に唇を近づけ、吐息を吹きかけようとした。
しかし、あたしの口からは何も出ることはなかった。
また動作を禁止されているのかと思ったけれど、どうもそうじゃないみたい。あたしはそもそも息をしていないんだということに気が付いた。
「現在の未処理タスクを確認します。未処理タスクはありません。処理中のタスクを確認します。優先命令1、7時までに朝食を調理します。メニューはトースト・オムレツ・ソーセージ・コーヒーです。優先命令2、6時40分にご主人様を起床させます。優先命令2は実行困難なため保留し、優先命令1を再開します」
あたしは台所に戻ると調理の続きを始めた。
フライパンを熱し、バターを溶かして煙が出だしたところで溶き卵を入れ、菜箸で数回かき混ぜる。昔のあたしは焦がさずに作るのが苦手だったけど、さすがはメイドロボ。半熟になったとことろでフライパンを振って形を整えると、きれいなオムレツが出来上がった。
フライパンからされへとオムレツを移し、小鍋からソーセージを取り出して並べると、朝食が完成した。
「優先命令1の実行が終了しました、保留中の優先命令2を再開します」
あたしは、また寝室へと向かった。
「ご主人様、お目覚めの時刻です」
無理やり起こすことは許されていないので、あたしは同じ言葉を繰り返すことにした。
「ご主人様、お目覚めの時刻です」
しばらく間を置いて同じ言葉を繰り返す。
「ご主人様、お目覚めの時刻です」
やがて8時を少し過ぎたところで悠太が声を上げた。
「あ、おはよう。あれ、どうしてなるみがここにいるの」
無邪気な声にあたしはなんだかムカついてきた。
(あんたが命令したからでしょ!)
「ご主人様がお命じになられたからです」
「え、ああ、そっか。なるみはメイドロボだったんだっけ」
「はい、わたしはメイドロボ CMX-100 NARUMI です」
「僕は何を命令したんだっけ」
あたしは悠太をはり倒したかったが、メイドロボはそういうことをしてはいけないので淡々と答える。
「7時までに朝食を調理すること。6時40分にご主人様を起床させること。リビングとダイニングを掃除すること。の3点です。詳細な説明が必要ですか」
「いや、いらないよ。すぐ着替えていくから台所で準備をしててよ」
(とっくに食事はできてるわよ。これ以上なにをしろって言うの!)
「お食事の準備はすでに終えております。なにをすればよろしいですか」
「そうか。じゃあ特に命令はないよ」
「承知しました。ご主人様」
あたしはエプロンの前で両手を軽く重ねた姿勢で部屋の隅で命令を待った。
「どうしたの?」
悠太が不思議そうに聞いてくる。
「ご主人様のご命令をお待ちしています」
「だから、命令はないよ」
「承知しました。ご主人様」
いまのあたしは命令がないと何も動けないみたいだった。なんだか昨日よりひどくなっている気がするけれど、どうしようもないので命令を待ちづつけた。
「なんか、そこに立っていると落ち着いて着替えができないなあ。外で待っててよ」
「承知しました。ご主人様」
あたしは部屋の外に出てドアを閉めると、さっきと同じ姿勢でドアの前に立った。
しばらくして、ドアが開いた。
「お待ちしていました、ご主人様」
「うわっ」
あたしの声に驚いて悠太は声を上げた。
「びっくりしたなあ。もしかして、ずっとドアの前にいたの」
「はい、ご命令どおりお待ちしていました」
「リビングで休んでたらいいのに」
(だったらそのように言ってよ。命令されたことしかできないんだから)
「それでしたらそのようにお申し付けください。わたくしは、ご主人様にご命令いただいたことしか実行できません」
あたしの言いたかったことは丁寧な言葉に変換されたけど、それがかえって嫌味に聞こえる。
「昨日はけっこう自由に動いていたじゃないか」
「ご主人様。本日からわたくしをMaidモードで動作させると言っておられたのをお忘れになられたのですか。昨日はわたくしはNarumiモードで動作しておりました」
「ああ、そうだったっけ。ごめんごめん」
(そうよ。さっさとNarumiモードにしてちょうだい)
と言おうとしたが、さすがにモード変更を強要するような発言はできないようだった。言い方を変えてみよう。
「ご命令通り、お部屋の清掃と、朝食の準備をいたしましたので、メイドロボとしての動作確認はできたかと存じます」
しかし、そのあとに続く言葉は出なかった。(Narumiモードにしていただけますでしょうか)と丁寧に言い換えようとしたけれど、モード変更に関する発言自体がタブーになっているようだった。
仕方ないから察してくれるのを待つことにしたけど、悠太は鈍いから不安になる。
「そうだね。早速モニター報告を書くよ。あ、でもその前になるみが作ってくれた朝ご飯を食べなきゃ」
そう言って悠太はダイニングに向かった。
あたしは悠太の後についてダイニングに入ると、テーブルに向かって椅子に腰かけた悠太の斜め後ろに立って、いつもの姿勢を取った。
「この食事、冷たいよ」
悠太が言った。
「ご命令通り7時に調理を行いました」
「だったら、ちゃんと起こしてよ」
「申し訳ありません。ご主人様に危害を加えることは禁じられていますので、強引に起こすことができませんでした。お食事を改めて作り直しましょうか」
「いや、いいよ。起きなかった僕が悪いんだから。今度からは無理やりにでも起こしてくれていいからね」
「承知しました。ご主人様」
あたしは悠太が食べ終えたのを見届けたあと、食器を下げて食器洗い機にセットした。
これは命令にはないことだけど、メイドロボとしては問題ない行動だから許可されているんだと思う。
食器洗い機のスイッチを入れると、あたしはダイニングに戻って言った。
「ご主人様、ご命令はありませんか」
「えっと、命令はないよ……っていうと、ずっとそのまま待ってるんだよね」
「はい、ご主人様」
悠太はしばらく考えて言った。
「じゃあ、自由にしていいよ。元の家には入れないみたいだから、必要なものがあったら言ってよ」
「承知しました。ご主人様」
Narumiモードには戻してもらえなかったけど、このあたりで我慢するしかないみたい。
着替え……はメイドロボだから不要ね。でも、このメイド服は一着しかないみたいだけど、汚れたらどうするのかしら。
服もそうだけど、この靴も問題よね。家の中でずっとこれはやっぱりまずいけど、どうやったら脱げるのかしら。
色々考えた末に、あたしは悠太に言った。
「ご主人様。わたくしの取扱説明書を見せていただけますか。まずこれを読んでわたくしの身体のことを理解したいと思います」
「そんなんでいいの。自由にしていいんだよ。どこかに遊びに行ったりしないの」
悠太は思った以上に頭が悪いようだ。
「ご主人様。いまの状況が理解できないうちに軽率な行動は慎むべきであると思います」
「わかったよ、今からとってくるからちょっと待ってて」
「承知しました。ご主人様」
あたしの身体はまた動かなくなった。やっぱり全然わかっていないみたいだ。
戻ってきた悠太から説明書を受け取ると、あたしの身体はまた動くようになったけれど、動けなかったことに悠太はまったく気づいていないようだった。
あたしは厚い説明書を1時間ほどかけて読み終えた。
一回読んだだけですべてを覚えておけるというのは、メイドロボになって初めてよかったと思えることだった。
読んでわかったのは、あたしが元は人間だったということはどこにも書かれていないということだった。
あたしが今考えていることは、最高級機だけにあるオプションの人格シミュレーションというものらしい。
それはオーナーの希望で高い費用と長い時間をかけて指定した人とそっくりにすることができるというものだった。
やっぱりおかしい。そもそもモニター当選したのは普及機のはずだし、何かの間違いで最高級機になったとしても、元のあたしと同じ記憶を持って同じ行動をさせるためにかかる時間が、あたしが眠ってから目覚めるまでの三日間でできるなんてありえない。あとでじっくり調べようと思った。
あとは機能の説明や命令の仕方で、これは悠太にしっかり覚えてもらわなければいけない。
『ちょっと待って』と言われるたびに動きが停まるんじゃあやってられない。
他に役立ちそうなことと言えば、メイド服が汚れた時の脱ぎ方や手足の交換方法ぐらいだった。
この服は脱げないと思っていたけれど、いくつかのロックを外しきちんとした手順を踏めば脱ぐことができるようになっていた。
手袋とハイヒールは手足と一体になっているから、脱ぐんじゃなくて素肌姿のパーツと取り換えることになる。
この身体になった時に私物は全部なくしてるから、携帯電話ぐらい欲しいと思ったら、あたしの身体にはSIMフリーの携帯電話が内蔵されていて、契約さえすれば使えることが分かったので、悠太に言ってみた。
「ご主人様、ふたつ希望があります。まず、この手と足を素肌パーツに交換していただけないでしょうか。この部屋でハイヒールは床を傷めますし、手袋は細かい作業に向かないと思います。それからこのページに書かれている携帯電話機能を有効にしていただけませんでしょうか」
「パーツ交換に携帯機能か。これはどっちもお金がかかりそうだから母さんに聞いてみないとわからないなあ。今日も母さんの仕事は昼までのはずだから、それから考えようよ」
「承知いたしました。それまでの間、充電させていただけますか」
あたしの口が、また勝手に言葉を発した。どうやらバッテリーの残りが少ないらしい。
「もちろんいいよ。充電プラグの場所は判るかい」
「はい、ご主人様。ガレージにある電気自動車用のプラグを利用すればよいですね」
「うん。充電にはどのくらいかかりそうかな」
「充電完了までは標準で約2時間、急速充電で40分かかります」
「どう違うんだい」
そのぐらい、マニュアルを読めばいいのに。そう思いながらも律儀に答える。
「標準の場合は、動作中の状態で充電を行います。急速の場合は動作が停止した状態で充電を行います」
「そっか」
悠太はちょっと考え込んだ。
「早いほうがいいよね。じゃあ急速充電で」
「承知いたしました。ご主人様」
あたしは玄関を出てガレージに入った。
壁の配電盤から伸びるケーブルを手に取って椅子に座り、胸に張り付いているのペンダントのようなふたを開けて、現れたコネクタにケーブルの端のプラグを差し込んだ。
「急速充電を開始します」
あたしはそう言って目を閉じ、また目を開けた。
「充電が完了しました」
あたしの感覚ではほんの数秒だったけど、思考の片隅にある時計は43分過ぎたことを示していた。注意してみると、時計のそばにはバッテリーの残量や予想稼働時間などの情報もあった。どうやらずっとそこにあったのに、あたしが気が付いていないだけのようだった。
プラグを抜き、ペンダントの蓋を閉じて、あたしはガレージを出てリビングルームに戻った。
リビングルームには悠太のお母さんが帰宅していた。
「充電が終わりました。ご主人様」
あたしは悠太にそう言うと悠太のお母さんに向きを変えた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま、なるみちゃん。調子はどう?」
「はい、ご主人様。CMX-100 NARUMI は正常に稼働しています」
「そのご主人様って呼び方やめてくれないかしら。なんだかはずかしいわ」
そう言われても、あたし自身ではどうすることもできない。
「オーナー登録されている方の呼び方の変更は、取扱説明書の25ページをご覧ください」
あたしは、説明書のページを伝えた。
悠太のお母さんはそれを読むと悠太に言った。
「悠太、昨日メイドロボマネージャを入れたパソコンを持ってきてちょうだい」
悠太はもってきたパソコンのケーブルをあたしの首筋に接続した。
「通信相手と接続しました。CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMI を通知しました」
悠太は説明書を見ながらパソコンを操作した。
「動作モードを、Maintenanceモードに変更しました」
あたしは身体を動かすことができなくなった。
悠太は続けてパソコンを操作している。
「母さん、これでいいはずだよ」
悠太がそう言ってキーボードをたたいた。
「第一オーナーの呼称を変更します。現在の呼称は『ご主人様』です。新しい呼称を指示してください」
あたしはそう言って悠太のお母さんのほうを向いた。
「そうねえ、今までどおり『おばちゃん』でいいわよ」
「ピッ、呼称を敬称に変換します。新しい呼称を『おば様』に変更してよろしいですか」
「いいわよ」
「第一オーナーの呼称を『おば様』に変更しました。第二オーナーの呼称を変更します。現在の呼称は『ご主人様』です。新しい呼称を指示してください」
あたしは悠太のほうを向いた。
「僕のことは悠太って呼んでよ」
「ピッ、呼称を敬称に変換します。新しい呼称を『悠太様』に変更してよろしいですか」
「いいよ」
「第二オーナーの呼称を『悠太様』に変更しました」
「じゃあ、メイドモードに戻すね」
そう言って悠太はパソコンを操作した。
「動作モードを、Maidモードに変更しました」
再び体が動くようになったので、あたしは二人に呼びかけてみた。
まず悠太のお母さんに向かって。
「おば様、ご命令はございますか」
「ないわよ」
そして悠太に向かって。
「悠太様、ご命令はございますか」
「ないよ」
どちらもちゃんと呼びかけることができた。
あたしは、両手をエプロンの前で重ねて命令待ちの姿勢になった。
「ところで、昨日と違って今日は本物のメイドロボみたいね」
「そうなんだ。今はメイドモードだから、命令がないと動けないんだって」
「そうだったわね。今日からメイドロボをやってもらうんだったわね。なるみちゃん、不自由だと思うけど辛抱してね」
「はい、おば様」
あたしにはそう答える以外の選択肢はなかった。
「それでね、なるみちゃん」
「はい、おば様」
「これを見てちょうだい」
悠太のお母さんがパソコンのディスプレイを示した。
そこには、さまざまなパーツの写真と価格が掲載されていた。
「なるみちゃんは、その手と足を取り換えたいのよね。」
「はい、おば様」
「あたしとしては買ってあげたいところなんだけど、こんな値段だからすぐには無理だわ。この両手のセットだけで、車が買えちゃうでしょ」
画面に表示されている両手の写真は、人間の肌そっくりの質感だった。そしてそれは、手首の部分で切り取られていて、あたしの手袋と同じような金色のリングが取り付けられている。ここで付け替えるということなんだろう。あたしはその手を見て疑問に思ったことを聞いてみた。
「このパーツはわたしの専用パーツでしょうか」
「そうよ。標準品は安いけど、また買い替えるぐらいだったら最初から専用品のほうがいいでしょ」
「はい、おば様。この右手親指の付け根と左手の掌にあるほくろですが、わたしのメモリーにある《新井なるみ》のものと一致します」
「あら、そうなの。じゃあモニター期間が終わって正式になるみちゃんを買うことになったら一緒に買ってあげるわ。足のほうも、うちはその靴のままで問題ないわよ。そのかわり部屋に上がるときに靴の裏を拭いてね」
「はい、おば様」
あたしは自動的に答えた。