【目覚めればメイドロボ 6】

気が付くと起動の途中だった。
稼働記録によれば、ボディは6時20分にタイマーで電源が入り、6時24分12秒に人格がロードされていた。
[基本情報アクセス開始。アクセス成功。CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMI]
自己を定義する情報を認識し、チェックを続行する。
[記憶データロード開始]
メイドロボの動作には不要な大量の無秩序な情報の羅列が記憶領域を埋め尽くしていく。
[記憶データロード完了。人格シミュレーション開始]
次第に意識がはっきりしてきた、無秩序な情報が整理され、あたしは自分が人間だった時のことを思い出した。

起動チェックが終わって目を開けると、窓の外がうっすらと明るくなり始めていた。
あたしは周囲を見回した。見覚えのあるリビングだ。昨日の晩にスイッチを切られたまま、タイマーで自動的に電源が入って起動したようだ。
思考の片隅では時計が6時27分12秒・13秒・14秒……と一秒ずつカウントしていた。
時計のそばには昨日インストールされた色々なアプリのアイコンと、電池の残量や稼働可能時間をあらわすデータがあった。
「CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMIは、Maidモードで起動しました」
あたしは自動的に起動メッセージを呟くと、続いて昨日与えられた命令を確認した。
「現在の未処理タスクを確認します。優先命令1、7時までに朝食を調理します。メニューはトースト・オムレツ・ソーセージ・コーヒーです。優先命令2、6時40分にご主人様を起床させます。優先命令3、掃除と洗濯を行います。優先命令4、留守番をします」

あたしはまず悠太を起こしに行くことにした。
ドアを開けると、悠太は昨日と同じように気持ちよさそうに寝ていた。
昨日は布団をはぎ取ろうとしたら動けなくなったけれど、今日は多分大丈夫だろう。
あたしは悠太に近づくと、掛け布団を両手でつかんで剥がしにかかった。
それほど力を入れたつもりはなかったのに、掛布団がふわっと跳ね上がり、あたしはバランスを崩して尻もちをついてしまった。
これって昨日言ってた制限解除ってことなのかしら。この身体って思ったより力が強いんだわ。
あたしは、掛けふとんを床に置いて立ち上がり、布団をはがされても目覚めない悠太に声をかけた。
「悠太様、もう朝になりました。起きてください」
まだ起きない。
「悠太様」
昨日と違って大きい声も出せるので、少し声を大きくして呼びかけた。
「む〜。もうちょっと寝かせてよぉ」
悠太は寝ぼけた声をだした。
「はい、悠太様。と言いたいところですが、悠太様を起床させる場合には全ての行動制限が解除されます。ご命令には従えません」
これ、いいわね。
「悠太様っ!」
あたしは悠太の頬をつねってみた。
「いたたた。起きた、起きたよ。もう起きたよ」
悠太は身体を起こしてベッドに腰掛けた。
「悠太様の起床を確認しました。行動制限を適用します」
あたしは自動的に直立姿勢になって、両手をエプロンの前で重ねて軽くお辞儀をした。
「おはようございます、悠太様。朝食は7時ですので、それまでにリビングにお越しください」
あたしはくるりと向きを変え、悠太の部屋から出て食事を作るためキッチンに向かった。

昨日と同じように自動的に朝食を作って、テーブルに配膳を終えると7時1分17秒だった。
すでに7時を過ぎているのに悠太は部屋から出てこないということは、二度寝しているんだろう。あたしは階段を駆け上がろうと思ったけれど、メイドプログラムによって静かに階段を昇った。
部屋のドアを開けると、悠太は再び布団をかぶってベッドに潜り混んでいた。
「悠太様を起床させるため、行動制限を解除します」
あたしはそう呟くと、ベッドに近づいた。
「ゆ・う・た・さ・まー!」
あたしは悠太の耳元で一言ずつ言葉を区切って言った。
「うわっ」
悠太は奇妙な声を出してびくっと震えた。
「私は、現在悠太様を起床させるために行動制限が解除されております。この意味がお判りになりますか」
メイドプログラムは、ちゃんとあたしの言いたいことを丁寧に言い換えてくれた。
「え? それは、どういう?」
「悠太様は、まだ寝ぼけていらっしゃるようですね」
あたしは、寝ぼけ眼の悠太から掛布団をはがした。
「朝食の用意ができております。お急ぎください」
「わかった。わかったよ。着替えるから、出ていってよ」
「承知いたしました」
あたしはそう言って、部屋を出ようとしたところで身体の動きが停まる。
あたしの身体はくるりと向きを変え、悠太に向かって話し出した。
「さきほど悠太様は起きたと言われましたが再びお眠りになられました。申し訳ございませんが、完全に起きていただいたと確認できるまで部屋を出ることはできません。このままお待ちしますので、お着替えを済ませてください」
ちょっとやりすぎな気もするけど、あたしにはどうすることもできない。
同じ失敗を繰り返さないように、メイドプログラムも学習してるということだろう。今だったらプログラムに逆らった動きもできそうな感じがしたけれど、あたしは素直に従って待機姿勢になった。
「じっと見られてたら恥ずかしくて着替えなんかできないよ」
悠太が泣きそうな声を出した。
「それでは、お着替えをお手伝いいたします」
メイドプログラムもがんばって正解を見つけようとしてるけど、悠太の性格じゃあ余計に混乱するわね。
「え、いや、その。それはもっと恥ずかしいよ。部屋は出なくていいから、せめて後ろを向いててよ」
あたしも悠太の着替えなんかどうでもいいけど、面白いのでメイドプログラムに任せて様子を見ることにした。
何と言われてもあたしの身体は動かないので、とうとう観念して悠太はパジャマを脱ぎ始めた。あたしは思わず笑い出しそうになったけれど、プログラムが抑えてくれてるから悠太に気付かれることはなかった。
やがて悠太は着替えを終えて学校の制服姿になった。
「これでいいだろ」
「悠太様の起床を確認しました。行動制限を適用します」
あたしは両手をエプロンの前で重ねて軽くお辞儀をした。
「おはようございます、悠太様。朝食の準備ができております。リビングにお越しください」
くるりと向きを変えあたしは悠太の部屋を出てリビングルームに向かった。今度は悠太もちゃんと後についてきているようだ。あたしは昨日ナビゲーションシステムに登録したリビングの片隅の定位置に立つと待機姿勢になった。

「もうこんな時間じゃないか、もっと早く起こしてよ」
悠太はあわてて食事をしながら言った。もうさっきのことを忘れているみたい。あたしは皮肉を言えるかどうか試してみた。
(ごめんね。悠太の寝起きが悪いのを忘れてたわ。今度からは起きるまで起こし続ければいいのね)
「悠太様、申し訳ございません。悠太様のお目覚めにはお時間が必要であることを忘れておりました。次回以降はお目覚めを確認できるまで起こし続ければよろしいですね」
やっぱり悠太に逆らうことはできなくても、こういう言い方だったら問題ないみたい。
「ああ、わかればいいんだ。次からはちゃんと起こしてよ」
「承知いたしました」
でも皮肉だということが通じていないみたいだ。
(皮肉に気付かないなんてバカじゃないの)
あたしはそう言おうと思ったが、口からは何も言葉が出てこなかった。さすがにオーナーを露骨に傷つける言葉は話せないようだった。
悠太は食事を終えると、あわてて玄関に向かった。
「お忘れ物はございませんか」
「大丈夫だよ。しっかり留守番してね」
「承知いたしました。行ってらっしゃいませ」
あたしは悠太を送り出した。

「優先命令3。掃除と洗濯を行います」
ほっと一息つく間もなく、あたしの身体は向きを変え、リビングに向かって歩き出した。
掃除と洗濯と言っても、メイドプログラムに任せておけばやることはそれほどなかった。
「処理順序を決定しました。洗濯を行います。家電ネットワーク標準プロトコル対応洗濯機を確認しました」
あたしはそう言うと、脱衣場のかごにまとめられていた服を洗濯機に入れて蓋を閉めた。思考の片隅に洗濯機の状態が表示された。
「洗濯機を起動します」
あたしのリモコン送信機から信号が発信されて洗濯機が動き出した。
あたしはリビングに戻ると、押入れから掃除機を取り出して掃除を始めた。
リビング・ダイニング・廊下・寝室と順番に回って掃除機をかけていく。
悠太の部屋に入ると、ベッドの上にパジャマが脱ぎ散らかしてあったので、畳もうと思ったけれどあたしの身体は掃除機をかけ続ける。机の上も散らかっていたので整頓しようとしたけれど、やっぱり身体は思うように動かなかった。
「非優先タスク、悠太様の部屋の整頓を登録しました」
あたしはそう言って掃除機をかけ終わると悠太の部屋を後にした。

全ての部屋の掃除が終わると、あたしは掃除機を押入れに片づけてリビングの片隅の定位置で待機姿勢になった。
「洗濯の終了まで待機します」
どうやら、洗濯が終わるまでは他の行動をすることが出来ないみたい。今の間に悠太の部屋を片付けられたら効率がいいのに、融通が利かないプログラムね。そういったことを考えながら待っていると、洗濯機から洗濯が終わったという信号が伝わってきた。
あたしは洗濯機から衣類を取り出し、下着は乾燥機に入れてリモコンで起動信号を送った。上着やズボン・スカートはかごに入れて二階に上がり、ベランダに出てハンガーで物干竿に吊るした。
「洗濯を終了しました。優先命令4、留守番を実行します。優先命令4−1、留守番の間は自由意志で行動いたします。」
脱衣場に戻り、かごを洗濯機のそばに置くと、あたしは自由に動けるようになった。
「非優先タスク、悠太様の部屋の整頓を実行します」
あたしは悠太の部屋に入って、パジャマを畳み、机の上を整頓した。
そういえば、小さいころはよく遊びに来てたけど、高校生になってからはメイドロボになるまで一回も悠太の部屋に入っていないことに気が付いた。
「悠太様のお部屋は昔と変わりませんね」
あたしは、そうつぶやいて部屋を後にした。

台所を見ると、食べ終わった食器が放置してあったので、これも洗っておこうと思った。
「非優先タスク、食器を洗います」
脱げない手袋が水に濡れないように気を遣おうとしたけど、メイドプログラムは気にせずに洗おうとしてるので、土曜日に読んだ説明書を思い出してみる。
二日前にちらっと見ただけで写真のように思い出せるのは本当に便利だわ。画像として記憶しているためか、文章を検索することはできないようだったので、目当てのページを探し出すのにはちょっと時間がかかってしまった。
説明書には、手袋パーツは防水なので水にぬれても大丈夫だということと、触覚センサーが内蔵されているので素手パーツと変わらないということが書いてあった。
あらためて蛇口から流れる水に触れるてみると、センサーからの情報をひんやりとした感触として感じることができた。
あたしは安心して悠太の食べ終えた食器を流し台にあった悠太のお母さんの食器とを合わせて洗剤をつけたスポンジで要領よく洗っていく。
食器を洗い終えたのは、10時45分17秒だった。
「非優先タスクを終了しました。自由意思で行動します」
メイドロボとしての仕事はこれ以上思いつかなかったので、あたしはリビングルームに戻った。
一休みしようと思ってソファに座って身体に内蔵されたリモコンでテレビを点けてみたけれど、この時間には主婦向けの情報番組にドラマや時代劇の再放送ばかりでどのチャンネルもあたしが面白いと思う番組は放送されていない。
なんだか落ち着かないので腰を上げて登録された定位置に移動すると、身体が自然に待機姿勢になった。
またマネキンみたいに動けなくなるかと思ってちょっと慌てたけれど、そんなことはなく手足も自由に動かすことができて、力を抜くと元の姿勢に戻るようになっていた。ロボットだから疲れることはないし、自由に動けるなら何もないときはこの姿勢でもいいんじゃないかと思った。
あたしは待機姿勢のままでテレビのチャンネルを適当に変えながらのんびりと画面を眺めていた。
しばらくして画面が料理番組になったところで、あたしの身体がびくっと震えて自由が利かなくなった。
「料理番組のデータ放送を確認。新しいレシピ情報を読み込みます」
双方向リモコンから流れてきたデータがあたしの思考を素通りしてメイドプログラムに渡されている。
昨日のカレールウの箱を読んだ時と同じような感覚だった。
「レシピを記憶しました」
あたしはまた自由に動けるようになった。
ずいぶん長い時間のように感じたけれど、体内時計では7.2秒しか経過していなかった。

しばらくテレビを見ていると、玄関で物音がした。
「ただいまー」
悠太のお母さんの声がした。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
あたしはメイドロボらしく出迎えの挨拶をした。
「なるみちゃん、今朝は大丈夫だった?」
「はい、ご主人様。優先命令1から3の実行を完了しました。優先命令4を実行中です」
メイドプログラムがとんちんかんな答えをした。
「そうじゃなくて、悠太がちゃんと学校に行ったかとか、洗濯とか掃除とかどうだったかとか」
「承知いたしました。本日の行動を報告します。私は6時27分12秒に起動しました。6時31分43秒に悠太様の寝室に入りました。6時40分21秒に悠太様のお布団を……」
「ちょっと待って」
そう言って悠太のお母さんは、部屋を出て行った。
「はい、ご主人様」
あたしは報告をやめて待機姿勢になった。
しばらくしてノートパソコンを持ってきてあたしの首の後ろにケーブルを接続した。
「通信相手と接続しました。CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMI を通知しました」
あたしの口は自動的に報告をした。
ノートパソコンの画面には、土曜日と同じ《メイドロボマネージャー》が表示されていた。
 人格シミュレーション OFF [ON]
 動作モード Narumi Hybrid [Maid] Maintenance
 制御レベル Low Middle [High]
 オーナー音声コマンド  OFF [ON]
 グループ音声コマンド [OFF] ON
 一般音声コマンド [OFF] ON
 有線リモコン --- [ON]
 赤外線リモコン [OFF] ON
 Wi-Fi リモコン   [OFF] ON
 スマートホン制御  OFF [ON]
悠太のお母さんはパソコンを操作して動作モードを Narumi に変更した。

「Narumi モードになったわ」
あたしはそう言うと、自由に動けるようになった。
「ごめんね。不自由させて」
「ありがと、おばちゃん。もう大分慣れてきたし、おばちゃんは悠太と違って嫌な命令をしないから大丈夫だわ」
「それならいいんだけど。今朝は大丈夫だった?」
悠太のお母さんは、メイドプログラムがおかしな答えを返した質問をもう一度聞いた。
「うん、問題なかったわ。食事の準備も洗濯も掃除もちゃんとできたし、悠太が起きたくないってゴネたけど、行動制限を解除しておいてくれたからちゃんと起こせたわ」
「やっぱり愚図ったのね」
「かなりね。一回起きて、あたしが朝食を作ってる間に二度寝をしてたのよ」
あたしの話に、悠太のお母さんは困った顔をした。
「悠太のオーナー登録を外しちゃいましょうか」
「うーん。ありがたいけど、それだとおばちゃんの代わりに悠太の面倒を見るのが出来なくて、ぼーっと待機してるだけになっちゃってメイドロボの意味がなくなると思うから、このままでいいわ」
「そうね。あたしが夜勤が多くてなかなか家に帰れないからモニターに応募したんだしね」
テレビを見ながらしばらく雑談をしていると、正午のニュースが始まった。
「あら、もうこんな時間。夜勤明けで疲れてるから、そろそろ寝るわ。また留守番お願いね」
そう言って悠太のお母さんはパソコンを操作した。
「Maidモードになりました。ご主人様、ご命令をどうぞ」
「あたしが起きるまで留守番をしてちょうだい。郵便や荷物の配達があったら受け取っておいてちょうだい。それ以外の来客はあたしを起こしてちょうだい」
「命令を確認します。優先命令1、ご主人様がお休みになられた後に留守番を行います。優先命令1−1、郵便物と荷物を受け取ります優先命令1−2、来客が来たらご主人様を起こします」
「それでいいわ。おやすみ、なるみちゃん」
「おやすみなさいませ、ご主人様」
メイドプログラムがリモコンでテレビの電源を切り、あたしの身体は定位置に移動して待機姿勢になった。
さっきと違って身体はまったく言うことを聞かず、指先をぴくりと動かすこともできなかった。

 

 

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