【目覚めればメイドロボ 11】
次に目が覚めたときには、あたしは裸のままソファに横になっていた。
気を失ってから、1時間8分55秒が経過していた。
「CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMIは、Maidモードで起動しました」
あたしは身体を起こして立ち上がり、いつもの待機姿勢になった。
「今度こそ大丈夫かな」
悠太が声をかけてきた。
自分の状態をチェックすると、前回のようなエラーは何処にもなく、すべて正常なようだった。
あたしはとりあえず文句を言おうとしたけれど、その声が出ることはなかった。
「自己診断によれば、エラーは検出されていません」
こういう言葉はちゃんと喋れるから、メイドプログラムも今度はちゃんと正常に動いてるみたい。
「なんとか組み立てられたと思うよ。さっきはごめん」
謝るぐらいなら、最初からちゃんと確認して作業してよ。
「悠太様。謝罪をされる必要はございません」
あたしはそう言って、ひとまず待機状態になった。乾燥機はもう停まっているから早く服を着たいのに、悠太に応対している間はそっちが優先されてしまう。いまは制御レベルが[Low]だから、これで悠太が話を終えてくれれば自由に動けるはずだけど。
「ところで……」
願いは通じず、悠太は話を続けた。
「なんで裸になってるの。メイド服は脱げないはずだよね。どこにあるの」
「はい、メイド服にコーヒーを溢してしまったため、ご主人様の命令により洗濯をしていました。ご主人様の命令があればメイド服を脱ぐことは可能ですが、私は指定以外の衣類の着用は許可されていないため、乾燥の終了まで待機していました」
「そんな恰好で恥ずかしくないの」
恥ずかしいに決まってるでしょ。悠太に言われたくないわ。
「は、は、恥ずか……。人格シミュレーションに感情の乱れが認められますが、Maidモードですので業務に支障はございません」
Maidモードだから平然としてるだけだってのがわからないのかしら。
「そっか、恥ずかしくないんだね。だったら、ちょっと聞いていいかな」
恥ずかしいけど、それを言えないんだってば。変なことを聞くんじゃないわよ。
「はい、何でしょうか、悠太様」
「いまメイド服を脱いだときって、その……人間と同じなの?」
悠太はあたしの身体を興味深そうに見ながら言った。
まったく、何てこと聞くのよ。あたしはそんな質問には答えたくなかったけれど、メイドプログラムが答え始めた。
「質問の意味が不明です。人格のことについての質問であると仮定して回答します。私はメイドロボです。人間と同様の意識はありますが、それはメイドとしての動作を円滑にするための人格シミュレーションです。メイド服着用の有無によって、その人格が変化することはありません」
それは説明書に書いてあるのと同じことだけど、自分の口からその言葉が出ると、あらためて自分が人間じゃないと自覚させられて結構つらい。でも身体がロボットだろうと人格がシミュレーションだろうと、恥ずかしいものは恥ずかしいんだから、メイド服でもいいから早く着させてほしいわ。
「着用する衣類によって、人格シミュレーションの結果は変化します。その結果によって不適切な行動を取ろうとした場合には自動的に行動が修正されますが、プログラムに負荷がかかりますので純正品の衣類を使用することを推奨します」
あたしは悠太に説明しようとメイドプログラムの回答に付け加えた。
「えーっと、そうじゃなくて」
悠太は続けた。
「どのような意味の質問でしょうか」
「その……、なるみが覚えている、自分の身体と同じなのかなって」
あー、そういうことね。あたしは頷くように首を下に曲げて自分の身体を改めて見ながら両手で身体に触れてみた。胸や腹に手が触れると、内蔵された触覚センサーから滑らかな感触が伝わってきた。改めて確かめるまでもなく、人間のものとは全然違った硬質なプラスティックだ。
「表皮の材質は記憶にあるものと異なります」
身長やスリーサイズは、あたしが覚えている数字とほとんど変わらなかった。肩幅や手足の長さなど、ロボットとしての寸法はミリ単位までわかるのに元のサイズは知らないものも多かったけれど、なんとなくこれも人間の時と変わらないんだろうと思った。
といっても、重量は重くなっているし、身体のサイズは変わらなくても、身体に刻印された形式番号や簡単には取り外せない色々なパーツを見ると、自分が人間じゃなくなったんだと改めて感じてしまう。
ロボットと言っても女性の体のサイズは重要なプライバシーだと思うから、命令されない限りは答えたくない。あたしは一つ一つの数字には触れないように、無難な答えを選んだ。どうせ、説明書を見ればわかることだけど、せめてもの抵抗だった。
「各部の形状や寸法は、記憶にあるものと同様です」
「あと、その、気になることがあるんだど、ちょっと恥ずかしいことでも聞いてもいいかな」
悠太があたしの腰のあたりをチラチラと見ながら言った。
なんとなくわかったわ。絶対ダメよ。
「はい、悠太様」
「ほ、ほんとに、いいの?」
ダメだってば。
「勿論かまいません。どのようなことでもお聞きください」
ダメって言いたいのに。聞かないで。お願い。
「それじゃあ、聞くね。えっと、その……、パンツの中は……、どうなってるの」
あー、やっぱり。嫌だ、言いたくない。
「私は純正品以外の衣類を着用することは禁止されています。現在もパンツなどの下着は着用していません」
「それ、パンツじゃないの」
悠太はあたしの腰を指差して言った。
「お答えします。この部分はパンツのようなデザインとなっていますが、パンツではありません」
もう、パンツパンツって何度も言わせないでよ。
「色は違いますが、材質や機能は他の部分の外装と同一のものです」
「そうだったんだ。じゃあ、おっぱいは……」
悠太はそう言いながら手を伸ばして近づいてきた。
「ひゃっ」
あたしは、思わず後ずさった。
「なっ、何す……ピッ……何をなさるのですか、悠太さま」
驚きのあまり、メイドプログラムの修正がまた追い付かなくなったみたい。
「待ってよ、なるみ」
「はい、悠太様」
あたしの足は動かなくなり、再び直立した待機姿勢になった。
「ごめん、その、説明を聞いてたら、触って確かめてみたくなっちゃって……」
あきれるわね。組み立てるときにさんざん触ってるでしょ。
「何を確かめるのでしょうか。組み立ての時に何度も触れられたのではないのですか」
触るなの一言がどうしても言えなくてもどかしい。
「それは、そうなんだけど」
「何よ……ピッ……何でしょうか。言い……ピッ……おっしゃりたいことは、はっきりおっしゃってください」
「うん、えっと、今のなるみの身体って柔らかいのかな?って思ったんだ」
なんてこと聞くのよ。デリカシーってものがないのかしら。でも悠太に悪気があるわけじゃないのよね。でも触らせたくないし、どうしよう。
「私の身体は軽合金とセラミックとカーボンファイバーを組み合わせたフレームにプラスティックの外装のため、人間のものより硬くなっています。どうぞ、ご確認ください」
あたしがどう答えようか考えていると、メイドプログラムに先に答えられた。もちろん身体は悠太に裸をさらけだしたまま動けない。
「ありがとう、なるみ」
悠太はゆっくり手を伸ばして、あたしの胸の膨らみをつかんだ。
触覚センサーに圧力を感じた。悠太は軽く力を込めてるけれど、つかまれた部分が少し凹むだけで胸の形はほとんど変わらない。
「ほんとうに硬いんだね」
悠太は腕をなでまわし、手を握った。
「腕も硬いけど、手首から先は柔らかいんだね」
「はい悠太様。これにより、スムーズな作業を行うことができます」
思考の中に割り込んできたカタログによると、手の交換パーツは大きさに比べてかなり高価だし、手袋より素手のほうが高価だった。
そのあと、悠太は腹や背中を順番に撫でて、そしてパンツのような部分に手を触れた。
あたしは悠太が確認しやすいように軽く股を開いた。って、メイドプログラムってば何やってるのよ。
「ここも、つるつるなんだね」
悠太は白いプラスティックの部分を念入りに撫でまわした。
「こちらの部品は、腰と足の可動部分を保護するための保護カバーになっています」
「この中には、その……入ってるのかなぁ」
悠太はデリケートな部分を覆っている金色の蓋のような部品を触りながら言った。
「質問の意味が理解できません。はっきりおっしゃってください」
「その、せ……せ……」
「悠太様、それは性器があるかというご質問でしょうか?」
もうやだ。誰か止めて。
「う、うん。恥ずかしいよね。こんな質問して」
「先ほどもお答えしたように、Maidモードですので業務に支障はございません」
業務に支障はなくても、あたしの気持ちに支障は大ありよ。
そんな気持ちにお構いなしに、あたしは淡々と説明する。
「現在は搭載されていませんが、追加オプションとして性器ユニットを搭載することにより性行為が可能となります」
思考の中に割り込んできたカタログに載っていた金額は、高価だと思っていた手よりもさらに高価だった。
気まずい顔をした悠太は、あたしの身体から手を離した。
「ありがとう、なるみ。ほんとにごめんね。触られて嫌じゃなかった?」
嫌に決まってるでしょ。Maidモードだからあきらめるけど。
「皮膚の感覚については、Maidモードでは、触覚センサーの情報をデータとして処理していますので、人間と同様の感覚はありません」
「Maidモード……あ、そうか」
悠太の何かひらめいたような顔に不穏な空気を感じる。だいたいこういう時はろくなことにならないんだけど。
「Maidモードのままじゃ本心を答えられないもんね。気が付かなくてごめんね。いま切り換えるよ」
悠太はスマートホンを取り出してアプリの操作を始めた。
あ、やっぱり。嫌な予感が当たった。ちょっと待ってよ。
意識の中の状態表示やアプリケーションのアイコンが消え、体中のセンサーからのデータが生々しい皮膚感覚に変化した。
「ひゃっ。な、ななな……Narumiモードになっちゃったじゃないのっ! い……いきなり何するのよ。悠太ってば変態すぎるわっ」
パンツみたいな部分からも素肌と同じ感覚がする。これって、パンツ履いていないのと同じだわ。
Maidモードのときには抑えつけられていた恥ずかしさが一気に噴出した。あたしは耐えられず、居間からバスルームに向かって駆け出した。
そしてバスルームの手前の脱衣所に駆け込むと、廊下との間を仕切っているカーテンを閉めた。