【目覚めればメイドロボ 12】

あたしは脱衣所でしゃがみこんだ。
Narumiモードで裸という初めての経験に、あたしは恐る恐る右手を伸ばしパンツのような白い部分に触れてみた。
指先には硬いプラスティックの感触がするのに、腰の部分からはは素肌に直接触れられているような感触がするという奇妙な感覚だった。
シャワーを浴びていた時や悠太に触られていた時は、Maidモードだったから、触れているという感触はあってもここまで繊細な感覚には気が付かなかった。センサーの情報をちゃんと処理すれば判ったんだろうけれど。
デリケートなところを覆っている金色の蓋には触れても何も感じることはなかった。
乳房の半分を覆っている白色の部分にも触れてみたけど、同じように乳房を直接触れられているような感覚がした。乳房はあるのに乳首がないのは変な感じだけど、きっとこれもオプションなんだろう。

もしかして、今なら着れるかも。あたしは立ち上がって、悠太のお母さんが準備してくれたTシャツとジーパンを身に着けてみた。
思った通り、Narumiモードのときは着る服に制限はないみたいで、ジーパンの裾にヒールが引っかかったり髪飾りや耳を覆うカバーのせいでシャツの首を通しにくかったけど、なんとか着ることができた。
ゆっくり歩いてみると、ジーパンが直接お尻を擦る感触に違和感があって、もう一枚ちゃんとしたパンツを穿きたいと思った。
いままでメイド服の時にはNarumiモードでも下半身が裸だと感じなかったけど、それには何か仕掛けがあるのかしら。

あたしは居間に戻って悠太に言った。
「ねぇ悠太、いま自分がしたことの意味、解ってる?」
「え!?」
「『え』じゃないわよ。裸のままNarumiモードにしないでよ」
「ごめん、まずかった? じゃあMaidモードに戻さないと……」
悠太は再びスマートホンを操作した。
「ちょっと、待ちなさいよ。最後まであたしの話を聞き……Maidモードになりました」
あたしの意識の片隅にエラー表示が現れた。いい加減にしてよ。
「指定外の衣類を着用しています。衣類もしくは身体が損傷する可能性がありますので安全のため停止します」
あたしは自動的に言ったあと、悠太に文句を言おうと話しかける途中で彫像のように動きを停めた。なんでこうなるのよ。
左手を腰にあて、右手を軽く持ち上げた恰好だ。
「な、なるみ?どうしちゃったの?」
「ただいま安全のため停止中です」
あたしは悠太に詳しく説明をしようとしたけれど、自動的に報告することしかできなかった。話しぐらい自由にできればいいのに。
悠太は挙動不審になってあたりを見回した。あたしに近づいて右手をつかんで引っ張ったりひねったりしたけれど、動く気配はなかった。
「この服を脱がさないといけないのかなあ。でも身体は動かないし、服を破ったら母さんに怒られるし、分解するしかないのかなあ」
「ただいま安全のため停止中です」
あたしには、どうすることもできず、中途半端な姿勢で立ち尽くしていた。

悠太はしばらく迷った後にあたしに向かって言った。
「えっと、もう一回Narumiモードにしていい?」
「ただいま安全のため停止中です」
悠太はまたスマートホンを操作した。
「Narumiモードになったわ。ありがと、悠太」
あたしは手足を軽く動かして身体の感覚を確かめた。
腕を回すと肩が引っ張られるような感触がしたので見てみると、メイド服の袖口を固定していた金属の部品にTシャツの袖が引っかかっていた。
「そっか、さっきの警告はこういうことなのね……」
あたしは下を向いてつぶやいた。
「大丈夫?」
悠太が心配そうにあたしを見た。
「悠太……、あたし……」
どうしちゃったんだろう。さっきまで平気だったのに、悠太の顔を見ていたら、悲しい気持ちがどんどん溜まって、ついに言葉が止まらなくなった。
「この身体にもう慣れたつもりだった……。でも、それって、あまりの非常識さに感情が麻痺してただけみたい……」
「なるみ、もしかして泣いてるの?」
「あ、あたしだって、泣くことぐらいあるわよ。こんな、普通にTシャツを着ることさえできないようになって……」
あたしは目元からこぼれる涙を右手で拭った。なんで、こんなところは人間と同じなんだろう。
「でも、今はTシャツを着れてるよね」
「Tシャツなんか着れたって無意味よ。何なのよこの手は、この頭の飾りは。こんな姿で外を出歩けると思う? 全部外したくても外せないの、こんなものが体の一部だなんて有り得ない! いくらNarumiモードでメイド服以外を着ることができたって、あたしがメイドロボであることは変えられない事実なのよ。これなら、まだメイド服のがましだわ」
あたしはたまらずに大声を上げた。

「その、手だったらそんなに高くなかったから、お金を貯めたら買ってあげられるよ」
「あのカタログに載っていたオプションの手ね、何よあれ。ほくろの場所とかまで気持ち悪いぐらいあたしの手とそっくりだったじゃないの」
「ほら、だからそれは、なるみ専用にわざわざ用意してくれてるんじゃないのかなあ」
「何バカなこと言ってるのよ。あれが本当にあたしの手だったら、何でオプションなのよ。何で金出して買わなきゃいけないのよ。どう考えたっておかしいでしょ」
「そいうえば、そうだね。でも、メイド服も似合ってるし手袋や頭の飾りも大丈夫だよ。だから安心して。どんな格好をしてたって、なるみはなるみだよ」
「はぁ……」
これは慰めてるつもりなのかしら。
悠太の的外れな言葉にあたしは呆れつつも少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「それに恰好だけじゃないわ。いまだって、設定ひとつでオーナーの命令に従わなきゃいけないのよ。どんなに嫌でも、それを言うこともできずに、にっこり笑って『はい、ご主人様』ってね」
あたしはメイドプログラムの真似をしながら言った。

「ごめん。その、今まで無神経に命令してたよね。これからは、ずっとNarumiモードにしておくよ」
「あんた、バカなの? 最初の日に言ってたことを忘れちゃったの? モニターのために、あたしをMaidモードで使わなきゃダメなんでしょ。それに、悠太は悪くないわ。悪い人がいるとしたら、あたしをこんな身体にした人よ」
「うん。そう、だよね」
悠太と言い合いをしているうちに、いつのまにか気持ちは元に戻っていた。
「悠太には本当に感謝してる。おばちゃんと悠太がオーナーじゃなかったら、あたしはきっとおかしくなってるわ。まあ言いたいこと言ったらすっきりしたし、さっき洗ったのももう乾いてるみたいだから、メイドロボらしくメイド服を着ることにするわ」
あたしは脱衣所に向かった。

「見ないでよね」
脱衣所と廊下を仕切るカーテンを閉め、あたしはTシャツとジーパンを脱いだ。
続いて乾燥機からメイド服を取り出した。
脱いだ時とは逆にワンピース部分から着ようとしたけれど、首回りが開きすぎているせいか、身体から滑り落ちてしまって上手く着ることが出来ない。そういえば、金具で身体に固定されていたんだったわね。
身体と服の金具を合わせてみたけど、どうやって固定すればいいのかわからなかった。うーん、どうしよう。
「悠太、Maidモードにしてちょうだい」
あたしは今にいる悠太に向かって叫んだ。
「わかったよ」
悠太の声が聞こえたけれど、切り替わる気配はなかった。
「『ペアリング先が見つかりません』だってさ。なるみが見える場所に行かないとダメみたいだね」
足音が近づいてきた。悠太は今から出てこっちに向かっているみたいだ。
「ま、まってよ。いま裸なのよ」
「はい、これ」
カーテンの隙間から悠太はスマートホンを差し出した。
あたしはスマートホンを受け取って、メイドロボマネージャのアプリからMaidモードにする操作をした。
「Maidモードになりました」
パソコンの時と同じように、あたしはメイドロボマネージャを操作できなくなった。ほかの操作はできるみたいだから、本当によくできた仕組みだと思う。
「悠太様、お返しします」
さっきのようにカーテンの隙間からスマートホンを返そうとしたところ、あたしの身体は恥じらいもなくカーテンを開けた。あーもう、結局こうなるのね。
「ななな……なるみ?」
あたしが渡したスマートホンを悠太は落としそうになった。突然のことに悠太は慌ててるみたいだ。
「はい、悠太様。どのようなご用件でしょうか」
あたしの身体を動かしているプログラムは律儀に返答する。
「な、なんでもないよ」
「それでは、しばらくお待ちください」

あたしは自分でカーテンを閉めることができた。
身体が勝手に動くこともない。たぶんメイド服を着るように命令されてないからなんだろう。
意を決してメイド服を手に取ると、脱いだ時と同じように、意識の中に着る方法が現れた。
まずはワンピースに身体を通す。Narumiモードの時と違って細かい動きはメイドプログラムが調整してくれる。あたしは、袖口の金具を腕に埋め込まれている金具と合わせると、ロックを固定する信号を送った。身体の中からヴィーンという音がして、腕の金具が動いて袖口の金具を引き込んで固定した。Narumモードではこれができなかったから、固定できなかったんだわ。
ふと思い立って脱いだ時と同じ解除信号を送ろうとしたけれど、送ることはできなかった。やっぱり脱ぐほうは命令がないとダメみたい。
両袖を固定した後は、襟の中央についている金属の枠を、胸に埋め込まれている赤い蓋の周囲に合わせてはめ込んだ。
カチリと音がして赤い蓋はアクセサリーのようにワンピースの上に収まった。
固定されたあとのワンピースは少しきつく身体を締め付けるようにぴったりとフィットした。なんでだろうと思ったとたんに現れた説明書には、この服もあたしの身体に合わせて設計されていて、最高級メイドロボは一体ごとに最適なサイズの服が用意されているということが書いてあった。
そういえば、最初のころはカタログや説明書はページを順番に思い出そうとしないと出てこなかったけど、いつのまにか自動的に適切なページが現れるようになっていた。
ちょっと気になったけど、あとで調べることにして、あたしはエプロンを手に取った。
エプロンを固定する金具は、あたしの正面の鍵穴と、腰の左右、そしてあたしからは見えない背中の数カ所だった。
あたしは胸の蓋の部分と同じように鍵穴の部分を固定して、身体を包むようにエプロンの布地を背中に回した。あたしには見えないけれど、両方の肩からそれぞれ背中に回された布を持ったあたしの手は自動的に正しい位置に動いて布地の端についている金具を背中に埋め込まれている金具と合わせた。金具が正しい位置に合わさったことが分かったので、あたしはロック信号を送った。袖口と同じように体の中からモーターが動くような音がして金具は固定された。
最後に、エプロンの腰のベルトを腰の左右と後ろで固定して、あたしはメイド服の着用を終わった。
「指定衣類を着用しました。動作の微調整を行います」
身体の各所でチチチと機械音がして身震いをすると、締め付けられるような感覚がスッとゆるんだ。手足を動かしてみても服を着ていない時と同じように軽く動く。あたしはメイド服が身体と一つになったんだということを認識した。

あたしは自動的にTシャツとジーパンを畳んでかごに戻し、脱衣所のカーテンを開けた。
「お待たせしました、悠太様」
「着替え終わったんだね」
「はい、悠太様。指定衣類を着用いたしました」
「じゃあNarumiモードにするね」
悠太はスマートホンを操作する。
「Narumiモードになったわ。やっぱりこの服のが動きやすいわね。くやしいけど」
あたしは悠太の前でくるりと回った。
「これからどうする?」
「うーん。色々気になることはあるけど、もう夜になるし、どうしよっか」
「気になること?」
「うん。まず、あたしの家は一家そろって引っ越したってことになってるみたいだけど、市役所に行ってそのあたりを調べたいのよ。あとは住んでいた家がどうなってるかね。もし鍵が変わってなかったら、おばちゃんがもってる合鍵で入れるはずだし」
「市役所って、その格好で行くの?」
「問題はそれなのよね。本人か家族じゃないと調べられないけど、あたしが本人ですって言って通じるとは思えないのよね」

あたしと悠太が話していると、悠太のお母さんが起きてきた。
「市役所ならもう行ってきたわよ」
「え?」
「今朝のシフトが明けて帰ってくる途中でちょっとね」
悠太のお母さんはその手に数枚の書類を持っていた。
「家族じゃないのにどうやって」
悠太が聞いた。
「いろいろやり方があるのよ。なるみちゃんや悠太には難しいかもね。それで戸籍は変更されてなかったけど、国外に住むことになったって転出届が出ていたわ。実際に国外に行ったかどうかを調べるには時間がかかるわね」
「時間をかければわかるんだ」
悠太は感心していた。
「普通はわからないと思うけど……。で、国外って、どこの国なんですか?」
あたしは気になったことを聞いてみた。
「残念ながらそこは市役所ではわからないわ。わかるのは市から転出するって手続きがされてることと、その転出先に国外って書かれていることだけよ」
悠太のお母さんはそう答えると話を続けた。
「それから、なるみちゃんが住んでいた家は不動産屋のものになってたから、下手に入ったら不法侵入になるわよ。明日は非番だからこっちのほうも話をつけてなんとかするし、勝手に動いちゃだめよ」
あたしと悠太は黙ってうなずいた。

「それじゃあ、できることもないし、晩御飯作るわ。Maidモードにしてちょうだい」
「なるみちゃん、本当に大丈夫? さっきは寝室まで辛そうな声が聞こえてたわよ。今日はこのまま休んでもいいのよ」
悠太のお母さんが気を遣ってくれる。
「うん、大丈夫。まだ納得はできてないけど、少し吹っ切れたし。何もしてないよりは気がまぎれるから」
「そう。わかったわ。悠太」
「あ、うん」
悠太はスマートホンを操作した。

「Maidモードになりました。ご主人様、悠太様、ご命令はありますか」

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