【目覚めればメイドロボ 13】
「それじゃあ、台所にあるもので適当に晩御飯を作ってよ」
「はい、悠太様」
あたしは台所を見回した。
カレーを作ったときのジャガイモ・ニンジン・タマネギが残っていたけれど、肉や魚は冷蔵庫の中にも残っていなかった。
「ご主人様、悠太様。現在私のレシピデータで調理可能なものはポテトサラダなどのサラダ類のみです。それ以外のものを調理するためには材料が不足しています」
メイドプログラムが答えた。
「そうねえ。じゃあ、お肉を買ってきて肉じゃがはどうかしら」
「それでいいよ」
「じゃあ、なるみちゃん。材料を買ってきてちょうだい」
「はい、ご主人様。支払いはこの電子マネーを利用してよろしいですか」
あたしは手のひらを悠太のお母さんに向けた。
「いいわよ。それから肉じゃがの材料以外にもいりそうなものがあったらなるみちゃんの判断で買っていいわ」
「承知いたしました。ご主人様。優先命令1、肉じゃがの材料を購入します。優先命令2、自己判断で必要な食材を購入します」
優先命令が登録され、命令以外の動作が出来なくなった。あたしの身体はくるりと向きを変えて、玄関に向かって歩き出した。
「ナビゲーション機能を起動します」
玄関を出ると、二日前と同じように視界に重なるようにスーパーマーケットまでの道筋を示す矢印が現れた。
「オートパイロット機能を設定しました」
あたしの身体は矢印に沿って歩き出した。
オートパイロットは楽だけど、メイドプログラムと違って丁寧に体を動かしてくれないから、低価格のメイドロボみたいな、いかにもロボットという動きになってしまうのね。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声がした。
「なるみ? なるみじゃないの?」
「音声による割り込みがありました。オートパイロットを停止します」
あたしは声のしたほうを振り向いた。
「やっぱり、なるみじゃない。一体どうしてたのよ」
声の主は、あたしが人間だった時の友達の富田ゆかりだった。
(ゆかり)
あたしは声を上げようとしたけれど、それは言葉にならなかった。
「はじめまして。どちらさまでしょうか」
「なに冗談を言ってるのよ。あたしのこと忘れちゃったの」
忘れるわけないじゃない。悠太と同じ、小学校に入る前からの腐れ縁だもの。
「私が起動してから現在までの記憶データに、あなた様の情報はございません」
あたしはゆかりに自分の境遇を話そうとしたけれど、それは無理だった。
「起動? データ? なにをロボットみたいなことを言ってるのよ」
「私は、ゼネラル・ロボティクス社製のメイドロボ、CMX-100です」
「メイド、ロボ?」
ゆかりはあたしの周りをぐるっと廻りながら身体をまじまじと見つめた。
「ほんとだ。ごめんなさい、メイドロボさん。後姿がいなくなった友達にあんまりにも似ていたから、つい声をかけちゃって。それで、なるみって呼んだら振り向いたでしょ。そしたら、顔もそっくりだし。あ、なるみってのはその友達の名前ね。あたしはゆかり、富田ゆかりよ」
「私の固有名称は NARUMI と申します。ご友人と同じ呼称でしたので私をお呼びになられたと認識いたしました」
「え、あなたも『なるみ』って言うの? 後姿も、顔も、声もそっくりで、同じ名前なんておかしくない?」
それ、一番おかしいと思ってるのはあたしよ。でもそれを口に出せないのがもどかしいわ。
「私と同タイプのメイドロボ CMX-100は、オーナーの希望により特定の人物をモデルにすることがあります。その、なるみ様がわたしのモデルになられたのかもしれませんが、あいにくその方についての情報は持ち合わせておりません」
「そうね。もしあなたがなるみなら、あたしにこんなよそよそしい態度を取ったりしないもんね。あたしはなるみの行方を捜しているから、何かあったら電話をちょうだい。あたしの番号はこれね」
ゆかりは携帯電話の画面をあたしに見せた。
あたしは内蔵電話帳にゆかりの電話番号を登録した。
「ご期待に沿えるかどうかはわかりませんが、ゆかり様の電話番号は記憶いたしました」
「え、メモとかいいの」
「はい、ゆかり様。すでに記憶いたしました。私はご主人様から買い物を申し付けられておりますので、そろそろ失礼してもよろしいでしょうか」
「うん。ありがとう、メイドロボのなるみさん」
「それでは、失礼いたします。オートパイロットを再開します」
あたしはゆかりに別れを告げると、スーパーマーケットに向けて歩き出した。
スーパーマーケットに着くと、あたしは牛肉とこんにゃくを買い物かごに入れて掌に内蔵されている電子マネーで会計を済ませた。
「優先命令1、肉じゃがの材料の購入を完了しました。優先命令2、自己判断で必要な食材を購入します」
あたしは自由に動けるようになったので、もういちど店内に入って数日分の調理ができるだけの野菜や肉を追加で購入した。
「優先命令2、自己判断での食材の購入を完了しました。優先命令はありません」
あたしはスーパーマーケットの出口で買い物袋を持ったまま待機姿勢になった。店内に入ろうとする人たちが、興味深そうにあたしの身体をじろじろと見る。ちょっと、待ってよ。
帰宅するまでが買い物だというのはメイドプログラムには判らないようだった。待機姿勢と言っても制御レベルが[Low]だから自由に動けるはず。そう思って身体を動かしてみた。
身体の力を抜くと自動的に待機姿勢に戻っちゃうけど、それ以外はちゃんとあたしの思い通りに動く。これなら問題ないわね。
でもこれ、制御レベルが[High]だったら詰んじゃうんじゃないかしら。そう思って取扱説明書を調べてみた。それによると、自宅などの待機場所に指定されたところ以外で一定時間動いていなかったら、自動的に最寄りの待機場所に移動するようになってるそうだ。あたしの場合だと残り時間は待機を始めてから10分に設定されていて、今どうなってるかと考えたら8分12秒という数字が現れてカウントダウンを続けていた。
あと8分待ったらどうなるのか興味はあったけど、それまで立ちっぱなしのところを沢山の人に見られるのは恥ずかしいから、あたしは自分で悠太の家に帰ることにした。
歩き始めると数字は消えて、信号待ちで待機姿勢になるとまた10分からカウントダウンが始まった。
「ただいま戻りました」
あたしは玄関に用意してあった布雑巾を使って足の一部になっているハイヒールについた泥を丁寧に拭き取ると、廊下に上がって台所に向かった。
「このまま夕食の準備をはじめてよろしいですか」
「いいわよ。ご飯は炊飯器を動かしてるから、肉じゃがだけを作ってちょうだい」
悠太のお母さんが言った。
「承知しました。優先命令1、肉じゃがを調理します」
あたしは買ってきた食材を冷蔵庫にしまって、肉じゃがの材料を準備した。
内蔵されているレシピに従って、プログラムが身体を動かしてくれるから、あたしのすることは何もない。
何度か味見をして、味覚データを味付けにフィードバックしたところで肉じゃがは完成した。
「優先命令1、肉じゃがの調理を完了しました」
あたしは、炊きあがったごはんと深皿に盛り付けた肉じゃがをお盆に載せて居間に向かった。
「お待たせしました。夕食ができました」
テーブルの上に、配膳をしていると悠太が言った。
「えー、肉じゃがだけなの?」
肉じゃが以外を作れって命令しなかったでしょ。
それに量は悠太とお母さんの二人で食べても十分なはずだし、レシピデータによれば栄養のバランスも問題ない。
「はい、悠太様。肉じゃがだけを調理するようにご命令いただきましたので、肉じゃがだけを調理いたしました」
「悠太、無茶言うんじゃないのよ。それじゃあ、なるみちゃんも一緒に食べましょ」
悠太のお母さんが悠太に視線で合図をすると、悠太はスマートホンを操作した。
「Narumiモードになったわ。今日も、あたしも食べていいの?」
「もちろんよ、さあ座って」
あたしは自分の分のご飯と肉じゃがを準備してテーブルに着いた。この身体は味見以上の食事はできないから、少しずつだけど。
「「「いただきます」」」
肉じゃがを口に入れると、ふっくらとした芋に出汁と醤油がしっかりしみ込んだ複雑な味が広がった。Maidモードでは味覚センサーの細かい数値はいっぱい感じても味としては単純なものしか感じることができないから、この心遣いは本当にうれしい。そう思うと、また涙が出そうになってきた。
「どうしたの」
「ううん、なんでもないわ。それより、買い物の途中でゆかりと会ったのよ」
あたしは、スーパーに向かうまでにあった出来事を説明した。
「これは、ゆかりちゃんにもきちんと説明したほうがいいわね」
悠太のお母さんが言った。
「明日は非番だから、午前中はなるみちゃんと一緒にいろいろ調べるつもりよ。ゆかりちゃんには悠太から説明して、学校が終わったらうちに来るように言ってちょうだい」
「うーん、最近あんまり話してないし、なるみから言ってくれないかなあ」
「あたしはかまわないけど、いつ連絡する? いまから連絡したら、あの子のことだからすっ飛んでくるわよ。説明には時間がかかると思うし、あした学校が終わったころでいいかしら」
「うん、それでいいよ」
悠太はうなずいた。
食事を終えた後は、いったんMaidモードに戻って後片付けをして、またNarumiモードになった。
「あの、お願いがあるんですけど」
「何かしら、なるみちゃん」
「今日はこのまま、Narumiモードのまま眠ってみたいんですけど」
「いいわよ。その前に一応試しましょうか」
悠太のお母さんがあたしの額のスイッチを押した。
ボタンが押されると、急激に眠気が襲ってきた。
「あ、だんだん……眠く……おや……す……み……」
軽い電気ショックのような感覚で、あたしは目が覚めた。
「Narumiモードで起動したわ。あんまり眠った感じはしないけれど」
「そりゃそうよ。スイッチ切ってたのは3分ぐらいだもの。おかしなところはない?」
「うん、大丈夫。人間だった時に寝たり起きたりするのと変わらない感じだから」
「じゃあ、今日はあたしの部屋で寝ましょう。あたしのベッドはダブルだから、なるみちゃんと一緒でも大丈夫よ」
あたしは悠太のお母さんの言葉に甘えることにした。
「じゃあ、お休み、なるみちゃん」
「おやすみ、おばちゃん」
額のスイッチが押され、あたしは眠りに落ちた。