【目覚めればメイドロボ 14】
「……ちゃん。なるみちゃん」
暗闇の中、あたしを呼ぶ声が聞こえた。
「う~ん、もう少し。6時になったらNarumiモードで起動するから。ふわ~あ」
あたしはあくびをしながらうっすらと目を開けた。
「もう9時過ぎてるわよ」
窓から差し込んだ明るい陽ざしが部屋の中を照らしている。
「えっ、9時? 学校にいかなきゃ!?」
あたしは布団を跳ねあげて体を起こした。
パジャマを脱いで制服に着替えなきゃ。そう思って下を向いて身体を見ると、あたしはメイド服を着ていた。
「あぁ、そうだったわ……」
思考がだんだんはっきりして、あたしは自分がメイドロボであることや、昨晩Narumiモードでスイッチを切ったことを思い出した。
ベッドの隣では、悠太のお母さんが椅子に腰かけていた。
「おはよう、なるみちゃん。よく眠れたみたいね」
「あ、はい。もうすっきりしてます。でも6時にタイマーがセットしてあったはずなのに……」
「私はちょっと早く起きてなるみちゃんを見てんだけど、確かに6時にスイッチが入っておでこのランプは光ったけど、横になったまま全然起きてこなかったわ。スイッチが切れてるときは人形みたいだったのに、スイッチが入った途端に寝言を言ったり寝返りを打ったり、おもしろかったわよ」
悠太のお母さんが手に持った小型のレコーダーのスイッチを押した。
『うにゅう~ん。Narumiモードで起動したけど、もうちょっと寝かせて~』
うわあ。これはメイドロボとしても人間としても恥ずかしいわ。
「Maidモードに切り替えたら起きると思ったけど、いろいろあって疲れてるだろうし、自然に起きるのを待とうと思ったのよ。でもいつまでたっても起きないから、声をかけたのよ」
「うう、すいません。久しぶりに夢を見てたんです。細かい内容は覚えてないけど楽しい夢だった気がします」
Narumiモードの時の記憶は人間と同じで、夢の内容は起きたらすぐに忘れてしまう。
「それじゃあ、今日はまずメンテナンスセンターに行くわよ。11時に予約をしてるから、そろそろ出るわよ」
「メンテナンスセンター?」
話の流れがよく呑み込めない。
「そう、ゼネラル・ロボティクス社のね。メイドロボだけじゃなくて、色々なロボットや、医療用の義体なんかのメンテナンスをする所よ。そこでなるみちゃんが普通のメイドロボじゃないってことを確かめるのよ。本来は、3か月後に最初の定期点検があるんだけれど、そこをなんとかってお願いしたら特別に調べてもらえることになったわ」
悠太のお母さんは立ち上がって出かける支度を始めた。
「さあ、準備して。あ、準備はいらなかったわね」
身体の準備はいらないけど、心の準備がぜんぜんできていない。あたしは勢いに流されて、悠太のお母さんが運転する軽自動車の助手席に乗った。
「なるみちゃんのナビ機能って、カーナビの代わりになるかしら」
「画面があたしにしか見えないから、無理だと思うけど」
「そうよね」
悠太のお母さんは車のカーナビに目的地をセットして、車を発進させた。
高速道路を1時間ほど走って降りたインターチェンジから、広くて快適な道路がゆっくりカーブしながら丘の上に向かって延びていた。すれ違う車も少ない閑散とした道路を登っていくと、広い敷地に大きくて無機質な建物が何棟も建っていた。
「もうすぐ着くわ。メンテナンスセンターはこの工業団地の中にあるのよ」
しばらくして、丘の頂上付近にあるガラス張りの建物にたどりついた。
トラックが何台も並んでいる広い駐車場の端に車を止めて、悠太のお母さんは言った。
「それじゃあ、行きましょう」
「あ、はい」
「そうそう、その前に。申し訳ないけど、Maidモードになってもらうわね」
悠太のお母さんは、取り出したスマートホンを操作した。
「もちろん、だいじょ……」
あたしの言葉が強制的に中断され、思考の中にメッセージやアイコンが現れた。
「Maidモードになりました。ご命令はありますか」
「あたしについてきてちょうだい」
「はい、ご主人様」
あたしは車を降りて、悠太のお母さんについて建物に入った。
玄関を抜けると広いロビーがあって、メイドロボだけではなく色々なタイプのロボットが展示されていた。
受付にはスーツを着たロボットがいた。見たところ、額のスイッチや耳のカバー、それに胸についているペンダント型の蓋はあたしと同じようだった。頭の上にはあたしの髪飾りとは違う金属製のヘアバンドがついていた。
「ピッ。いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか」
「11時に品質保証部の山本君……山本部長と約束があるんだけれど」
「ピッ。阪上様ですね。承っております。こちらにお越しください」
受付ロボットはGUESTと書かれたバッヂを悠太のお母さんに渡した。
受付ロボットの案内で建物の中に進んでいく。コツ、コツ、コツ……と受付ロボットの靴音とあたしの靴音が重なって廊下に響く。彼女の足もあたしと同じハイヒールタイプだ。両手もあたしと同じような白い手袋だけど、こちらはあたしと違ってフリルのついていないシンプルなタイプだった。