【目覚めればメイドロボ 18】

気が付いたのは、起動の途中だった。気を失う前に出ていたエラーは今はひとつも出ていない。あたしはシステムチェックを終えて起動した。
「CMX-100 シリアル番号9X385JSP02 個体名称NARUMIは、Maidモードで起動しました」
ゆっくりと目を開けると、悠太のお母さんが心配そうにあたしを見てた。少し離れたところに山本さんもいる。どうやらメーカーの山本さんの部屋のようだ。
「よかった。やっと気が付いたわね」
「ご主人様、学校の終了時刻を過ぎています。ゆかり様への連絡をしてよろしいですか」
「何言ってるのよ、そんなの後回しにしなさい」
「はい、ご主人様。ゆかり様への連絡は延期します。私が意識を失ってから4時間13分07秒が経過していますが、レストランはどうなったのでしょうか」
「そんなことより、自分の心配をしなさい。刺されたのよ」
本当に大げさね。あたしの身体は機械なんだから、壊れても修理すればいいだけなのに。
「はい、ご主人様。私の機能は全て正常です。心配の必要はありません」
「怖くなかった? 痛くなかった?」
そう言われても、怖いと思う前に意識が落ちちゃったから、あまり実感がないのよね。
「お客様が予測外の行動をされたため、対応できませんでしたが、怖いという感情はありません。痛覚が遮断されたため、痛みも感じていません」
「あたしが仕事を押し付けちゃったせいでごめんなさいね」
そんなに謝らなくていいのに。
「ご主人様……」
メイドロボがオーナーから謝られることは想定されていないのか、続く言葉が出てこなかった。
「なるみちゃんが大丈夫って言うなら、大丈夫なのよね。でも、何かあったら言いなさいね」
「何か、とはどのようなことでしょうか、ご主人様」
「なるみちゃんが、おかしいって思ったこと全部よ。あたしがいないときは、山本君に連絡してちょうだい。悠太を起こす時と同じように、一切の制限は掛けないわ」
「承知しました。異常な事態だと仮想人格が判断した場合には、他の命令に優先してご主人様に報告します。ご主人様がおられないときは山本様に連絡します。この命令を実行するときは全ての行動制限を解除します。この命令は通常の動作権限を逸脱するため、再度確認します」
あたしはまた自動的に話し出した。
「異常な事態だと仮想人格が判断した場合には、他の命令に優先してご主人様に報告します。ご主人様がおられないときは山本様に連絡します。この命令を実行するときは全ての行動制限を解除します。行動制限の解除により生命の危険を感じた場合は額のスイッチで緊急停止させてください。ご主人様、よろしいですか」
「いいわよ」
「登録しました。現在、通常の権限を逸脱する命令は2件登録されています。1.悠太様を起床させる場合には、全ての行動制限を解除します。2.異常な事態だと仮想人格が判断した場合には、他の命令に優先してご主人様に報告します。ご主人様がおられないときは山本様に連絡します。その際には全ての行動制限を解除します」

「なんですか、その1番目は」
山本さんが聞いた。
「それがね……」
悠太のお母さんは、息子の悠太がどれだけ寝起きが悪いかについて面白おかしく語った。

「とりあえず、応急修理はうまくいったようですね」
山本さんが言った。
あたしは、刺された場所を見た。
腰のリングの少し下、脇腹の部分の肌が取り外されて、中の機械や配線が見えていた。こうしてみると、あたしは本当にロボットなんだと実感する。
「ちょうどここの動力ラインをナイフで切断されたんですよ」
山本さんが太いケーブルを指差した。
「私を攻撃したお客様はどうなったのでしょうか」
「ああ、彼ならその時に感電して気絶したので、あっさり警備員に取り押さえられて警察に引き渡されましたよ。あなたが人間だったら間違いなく殺人未遂でしょうが、残念ながら器物損壊程度の罪にしかならないようです」
「仕方ないわね」

「ケーブルは取り替えましたが、傷ついた肌の部分は交換パーツの在庫がないので、一から成形する必要があります。しばらくかかるので、それまではこれを嵌めておいてください」
山本さんはそう言って、透明なプラスティック製の部品をあたしに取り付けた。
身体の一部だけが透明で、中の機械が見えてるのは変な気分だった。
「とりあえずに服を着なくちゃね。なるみちゃん」
悠太のお母さんからメイド服を手渡された。
「はい、ご主人様」
あたしは受け取った服を手早く着てロックした。
「指定衣類を着用しました。動作の微調整を行います」
やっぱり、レストランの制服よりもこの服が一番落ち着くわ。
「そういえば、まだ資料を読ませてもらっていなかったわね。いまからいいかしら」
悠太のお母さんが言った。
「もちろん」
山本さんはそういって、書棚を指差した。
「なるみちゃん。今から自由に行動していいわ。この部屋からは出ないでね」
「はい、ご主人様」
悠太のお母さんは的確な命令をしてくれるから、あたしも楽だ。
あたしは昼前に読んだ資料から気になるところを詳しく描いた資料の名前を検索して、書棚から取り出した。資料のページを繰りながら画像イメージを記憶していると、山本さんと悠太のお母さんの話が聞こえた。
「驚きですね」
「何がかしら」
「AIは判断する範囲が狭ければ狭いほど適切な動作をします。通常であればこの棚のココからここまでの資料を読んで記憶しろというような命令をしなければ、こういう動きはできませんよ。高性能なものでも、必要な資料を読むように命令しないとダメです。自由にしろって言う命令はAIにとっては本当に扱いづらいものなんですよ」
「だって、なるみちゃんが読みたいって言ったんだから、読めって言うより自由にしろって言うほうが本当にやりたいことができるじゃないの」
本当にこの人がオーナーでよかった。もしあたしが人間じゃなくて本物のメイドロボだとしても、安心して奉仕できるわ。

「ご主人様、資料を記憶し終わりました」
あたしは8冊2372ページの資料を35分13秒で記憶し終えた。
家に帰ったらちゃんと読んで理解しなくちゃ。
「それじゃあ、もう遅いし帰りましょう。山本君、今日はいろいろありがとうね」
「先輩に頼まれたら仕方ないですよ。でも、このメイドロボは正体がわかるまであまり目立たせないようにしてくださいね」
「ええ、わかってるわ。なるみちゃん、帰りましょう」
「はい、ご主人様」

悠太のお母さんの車に乗り込んだのは、18時15分41秒だった。けっこう時間が経っちゃったのね。
悠太のお母さんが、スマートホンを操作した。
「Narumiモードになったわ」
悠太のお母さんはあたしの声を聴いて頷くと車を発進させた。
「ね。どうだった」
「今日は色々あって疲れちゃいました」
「ロボットでも疲れるのね」
「もう、そういう冗談はやめてください」
「疲れたんならちょっと休んでなさい」
あたしの額のスイッチが押された。
「あ……そういうことじゃ……」
急激に眠気が襲ってきて、あたしは眠りに落ちた。

「う~ん、良く寝た。Narumiモードで起動したわ」
あたしは車の助手席で両手を頭の上に上げて身体を伸ばした。
「突然スイッチを切るなんてひどいですよ」
「あら、ごめんなさいね。でも少しは疲れがとれたんじゃない?」
「そういえば、そんな気もするけど」
「さて、そろそろ家に着くわよ」
あたしたちは他愛もない話をしながら悠太の家に戻った。
「ただいま」
「母さん遅いよ。今日はゆかりを呼んで説明するって言ってたじゃないか」
「あら、すっかり忘れてたわ」
「あたしも忘れてたわ」
「へえ、メイドロボでも忘れるんだね」
「いろいろあって大変だったんだから」
ほんとに色々なことがありすぎてNarumiモードの時はそんなこと考えてる暇はなかったし、Maidモードでは起動してすぐに、連絡を延期するように命令されちゃったから、しょうがないわよね。
「そうよ。今日は大変だったから、その話は明日にしましょう。なるみちゃんももう休んでいいわよ」
「あ、でも晩御飯ぐらいなら作りますよ」
「いいから、今日は休みなさい」
悠太のお母さんがスマホを操作した。
「Maidモードになりました。ご命令をどうぞ」
あたしは待機姿勢になった。
「今から充電台に行って、明日の朝まで休みなさい」
「はい、ご主人様」
命令通りに充電台に登ると、両足が固定された。
悠太のお母さんの指が額のスイッチを押した。
「お休みなさいませ、ご主人様」
あたしは目を閉じて眠りについた。

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