亜由美は夕暮れの校舎の廊下を生徒会室に向かって歩き出した。
途中ですれ違った生徒の中には、機械人形の姿を見て怪訝な顔をする者もいたが、呼び止められることもなく生徒会室にたどり着いた。
『ピポッ、生徒会室ニハイリマス』
亜由美は生徒会室に足を踏み入れた。
「会長。今までどこに行ってたんですか」
副会長の高橋潤一が心配そうに駆け寄った。
『どこって、科学部の部室よ。高橋君こそ、帰ったんじゃなかったの』
「何いってるんですか、3日間も何の連絡もなくて、どれだけ心配したと思ってるんですか」
『3日?…本当だわ。生徒会室を出てから、3日と1時間13分たっているわ。心配掛けてごめんなさい』
「ところで、なんですかその頭につけてるのは」
『頭?ゴミでもついてるのかしら?』
「会長、冗談はやめてください。その変なヘッドホンみたいなものですよ」
『ああ、コレね。コレは、あたしの音響センサーとコマンド受信用のアンテナよ』
「人をさんざん心配させておいてコスプレですか。会長らしくありませんよ」
『そっか、そう見えるんだ。でもこれはコスプレなんかじゃないわよ。触ってみて』
そう言って亜由美は潤一に手を差し出した。
潤一は反射的に握手をして叫んだ。
「うわっ、何ですかこれは。硬いし、冷たいし……」
『ほら、このセンサーも良く見て。顔と一体になってるでしょ。引っ張ってみてもいいわよ』
亜由美は顔を近づける。
潤一は亜由美の両耳のアンテナをつかんで確認をした。
「本当だ。全然動かないし、顔も人形みたいにカチカチだ」
『このロボットが、科学部の実績なんだって。どう思う?』
「なるほど、そういうことなら存続を検討してもいいかもしれないですね。
ところで会長、これをリモコンで操作してるんですよね。もう出てきてくれませんか」
潤一は亜由美の体をコンコンとたたいた。
『それなんだけど、落ち着いて聞いてね。このロボットはリモコンじゃないの。あたし自身がロボットなのよ。科学部で改造されちゃったのよ』
「じょ、冗談ですよね」
『あたしがいままでに冗談でこんなことしたことがある?嘘だと思うんなら、科学部長の石上…様に聞いてみるといいわ』
「石上ですね。じゃあ今からすぐに行きましょう」
潤一は生徒会室を出て歩き出したが、亜由美は室内にとどまっていた。
「どうしたんです、会長。早く行きましょう」
『それが駄目なのよ。あたしは石上様に、生徒会室に行くように命令されたから、ここから出ることができないの。
留守のあいだに溜まっていた事務を片づけちゃうから、一人で行ってきて』
「命令って何ですか。それにあんな奴のことを《様》をつけて呼ぶなんて」
『石上様があたしのマスターだから、あたしは命令に服従するのよ。そのように作られたんだから仕方ないじゃない』
「そんな酷いことをされて、どうして平然としてるんです」
『だって、マスターのすることはあたしにとっては絶対なんだから、怒ったりするわけがないじゃないの。
そういえば、同じことを石上様も聞いてきたわ。 自分でそういうふうに作ったくせに、おかしいのよ』
亜由美はニコニコしながら応えると、デスクに着いて書類の整理を始めた。

「失礼します」
ドアが開いて生徒会会計の窪田かおりと書記の横田勝也が入ってきた。
「会長、無事だったんですか〜」
『大丈夫よ、かおりちゃん』
「今日戻ってこなかったら捜索願を出そうとしてたんですよ」
『横田君にも心配掛けてごめんなさいね』
「無事に戻ってきて良かったです〜。あれ?会長、なんかロボットみたいです〜」
『ロボットみたい。じゃなくて、ロボットよ。科学部で改造されたの』
「わー、すごいです。触っていいですか〜」
かおりは目をキラキラさせて亜由美に近づくと、顔や腕、そしてブーツ状になった足を撫でまわした。
「どういうことですか」
勝也の問いかけに、潤一は亜由美から聞いた事情を説明した。
「なるほど。にわかには信じがたいですが、会長がロボットになったと考えるほうが合理的ですね」
「そうか、横田はそう考えるか。わたしは科学部が仕組んだ大掛かりなペテンだと思うんだが」
『良く考えてちょうだい。もしこれがリモコンだったら、人間のあたしが科学部に協力してるってことでしょ。
これから廃部にしようと思ってるのに、そんなことすると思う?
  それに比べて、科学部に改造されたから部長の石上様に従っているというほうが矛盾はないでしょ』
「さすがロボット。論理的ですね」
『ありがと、横田君。で、みんな揃ったところで明後日の部長会だけど、あたしとしては科学部は廃部の方針でいきたいんだけど、どう思う』
「えー?どーしてですか。会長は科学部で改造されて、科学部を守るために生徒会に送り込まれた秘密兵器なんですよねー」
かおりが不思議そうに聞いた。
『なんかちょっと違うようだけど、まあそんなものよ。確かに科学部を守れって命令を受けてるわ。でも、生徒会長としてルールを曲げることはできないわ。
それにこの身体は今の科学部の実績とは無関係。卒業した先輩たちの設計だもの。石上様には悪いけど廃部にするべきだわ』
「でもー、科学部がなくなっちゃったら、その体の面倒は誰が見るんですかー」
『そうね。廃部になれば、科学部の設備は生徒会が押収するわよね。あとはそれを使ってなんとかなるでしょ。
かおりちゃん、なんかロボットが好きそうだし、やってみる? わからないところは、その先輩たちに聞けばいいのよ』
「えーっ、いいんですかー」
『もちろんよ。それから…ピポッ、ばってりーガアリマセン、充電シテクダサイ』
亜由美はホワイトボードに何かを書こうとした姿勢で動きを止め、無表情につぶやいた。
「会長?」
『Auto Saving Self Conscious Image File <AYUMI-02.ego>....OK』
『ピポッ、ばってりーガアリマセン、充電シテクダサイ』
亜由美は同じセリフを3回繰り返すと、何も言わなくなった。
眼鏡には赤い字でLow-Battery という文字が点滅していた。
「わー、本当にロボットなんだ」
「窪田さん、はしゃいでいる場合ではありません。とにかく科学部にいきますよ」
潤一は亜由美を持ち上げようとしたが、ロボットの体重はかなり重く、一人で動かすのは無理であった。
仕方なく亜由美を生徒会室に放置して、部室棟へ向かった。

 

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