部室棟の科学部室までたどり着くと、室内の明かりは消えており、部屋の鍵は閉まっていた。
「石田はいますか」
潤一が生徒会の合鍵でドアを開けて乗り込み、勝也とゆかりが台車を押しながら続いた。「もう帰っちゃったみたいですー」
「なんとか会長を充電しないといけませんね」
「あ、もしかしてこれが充電器じゃないですか。足とぴったり合いそうです」
「では、それを持っていきましょう。他に役に立ちそうなものはないかを探しましょう」3人は手分けをして部室内を探った。
「このディスクには設計図と改造記録が入ってるようです」
「このカラオケのリモコンみたいなの、AYUMI って書いてますー。なんか怪しいと思いませんかー」
そして充電台と設計図、そしてリモコンを持って生徒会室に戻った。
「よいしょっと」
全員で亜由美の体を持ち上げ、左足を台座にはめ込むと右足も自動的に台座にはまり、亜由美は両手をまっすぐにおろして直立姿勢になった。
『ピポッ、くれいどる固定。充電開始シマス』
亜由美の眼鏡に Charging という文字と0%という数字が現れ点滅した。
「当分かかりそうですよー。どうしましょー」
かおりはリモコンの画面を指でたたいた。
突然無言だった亜由美が単調な声でしゃべりだした。
『System Initialize....OK』
『Loading Operation System....OK』
『Device Check....OK』
『Loading Self Conscious Image File <AYUMI-01.ego>....OK』
『Executing <AYUMI-01.ego>...』
『あら、みんなどうしたの』
亜由美は直立姿勢のまま言った。
「さっき会長のバッテリーが切れたから、科学部の部室に来て充電してるんですよ」
『バッテリー? なんのこと? それより何であたし動けないの?』
「会長はロボットになって…」
『なに莫迦なこと言ってるのよ。あたしは人間よ。ロボットのわけないじゃない』
「何かおかしいですよ。さっきの話を全然覚えていないみたいです。リモコンで何をしました?」
「えっとー、AYUMI-01とAYUMI-02の二つがあったからー、AYUMI-01を押したんだけど」
「ちょっと見せてください。横に時間が出てますね。AYUMI-02のほうが新しいということは、たぶんAYUMI-01はロボットになった直後のバックアップですね」
『何を話しているの』
「一度停止させて、AYUMI-02を選んでみましょう」
「はーい。どーやって止めるのかなー」
かおりはリモコンを操作した。
『だから、何をしてるのか、あたしにも教え…ピポッ、<AYUMI-01.ego>ヲ停止シマス。現在ノ状態ヲ保存シマスカ』
「保存しないよー」
『ピポッ、声紋確認デキマセン』
「そっかー、リモコンで保存しないを選んでー」
『ピポッ、停止シマシタ』
「リモコンでAYUMI-02を選んで…っと」
『Loading Self Conscious Image File <AYUMI-02.ego>....OK』
『Executing <AYUMI-02.ego>...』
『あら、みんなどうしたの』
「会長、気が付きましたか。自分がどうなっているかわかりますか」
『もちろんよ。いま充電中ね』
「ええ、そうです」
『さっきの続きを話したいんだけど、最低でも25%充電されるまではここから動けないから、こっちにホワイトボードを持ってきてくれる?』
「はぁい、わかりましたー」
かおりはキャスター付きのホワイトボードを亜由美の前に転がしてきた。
『まず重要なことは、あたしは石田様には逆らえないってこと』
亜由美はホワイトボードに書きだした。
『そして、部の設立や廃止には生徒会長のサインがいるということ。つまり、現状であたしは石田様に科学部を守るように命令をされてるから、
科学部の廃止はできないわけよ』
亜由美はつづけた。
『たしか科学部の廃止については書類はできていたわよね。持ってきてちょうだい』
「はい、ただいま」
副会長の潤一が書類を持ってきた。
『ありがと』
亜由美は書類を受け取ると、びりびりと破いて細かい紙くずにしてしまった。
「か、会長。何をするんですか」
『せっかくの書類をダメにしちゃってごめんなさいね。無理だとは思ってたけど、命令に逆らえるか試してみたかったのよ。
申し訳ないけど、もう一度書類を作っておいて。あたしはサインしないから』
「わかりました」
『そこで、どうしたらいいかだけど。生徒会規則には、会長が職務を遂行できないときには副会長が代行するってあるわよね』
亜由美は、そう言ってホワイトボード書かれた会長という文字に×しるしをつけた。
「はい、そうですが」
『あたしが職務を遂行できない状態って、どうすればいちばん簡単だと思う?』
「はぁい。電源を切っちゃうことですー」
『その通りよ。いま充電を中断すれば明日の朝までにはあたしはバッテリーが切れちゃうわ。そうしたら来週の部長会が終わるまでの間どこかに保管しておいてほしいの』
「しかし、すでに3日間も行方不明になっていたんですよ。これ以上行方不明が続くのはまずくありませんか」
『そうね。とりあえず欠席届を書いておくわ。それなら問題はないでしょう。そのリモコンでクレイドル固定を解除してくれるかしら』
「はーい」
かおりがリモコンを操作した。
『ピポッ。くれいどる固定解除シマス』
亜由美は充電台から降りると、会長席の椅子に腰かけてレポート用紙に欠席届を書いて、潤一に渡した。
『これを提出しておいてちょうだい。もうみんな帰っていいわよ』
「会長はこれからどうするんですか」
『あたしはここにいるわ。まだ石田様の命令が有効だから、生徒会の仕事をしなきゃだめなのよ。せっかくロボットになったんだから、
この処理能力を生かして溜まっていた仕事をどんどん片付けるわ。あ、充電器は隠してちょうだい。バッテリーが少なくなったら充電しちゃいそうだから』
「わかりました」
潤一たちは、充電台とリモコンを持って生徒会室を後にした。
翌朝、潤一が生徒会室に来ると、亜由美は椅子に座って虚ろな目をして停止していた。
書類を書いている途中で停止したらしく、右手はペンを持つ仕草で止まっていたが、不自然に停止したためか、ペンは机の上に転がっていた。
眼鏡にはPOWER DOWNという文字が赤く点滅していた。